楽しむお仕置きはダメ?

スパというのはお尻叩きの世界ですが、その中でも楽しむ系のお尻叩きがありますよね。
ゲームみたいにしたり、我慢比べをしてみたりとか、道具比べとか、お仕置き談議で盛り上がったりとか。

家庭的なお仕置きでも楽しんでいる人はいて、構ってほしくていたずらしてイチャイチャを楽しんだり、ごっこお遊びっぽくペンペンしたりとか、そうやって楽しむ系のお尻叩きをしている人も意外に多いようです。

でも私の場合は本物のお仕置きとして考えているので、遊びモードやキュンキュンモードがあるのならそれをあえて排除しています。
なんでかというと、そんなノリでお説教してお仕置きをしても実際に罰を受けたとはならないと思うからです。

キーさんですからもちろんお仕置きに憧れていたりキュンキュンしたり、そういったものを求めて依頼をしてくる人が多いですが、それでもそういう浮かれモードを断ち切ることは必要だと思ってるんです。
なので実際にお会いした時にはお仕置き話は基本せず、日常の真面目な話をしていって、1時間も話していると本来の自分の姿をさらけ出しています。
そこからの「お仕置き!」となると「え?今日はもうそんな気分じゃないからいらない」となることがあります。

しかしそれが私の思い描いていることで、「お仕置きされたい!」というお仕置き欲求がある状態よりも、そんなモードじゃなくなって、そんな気分じゃないから今日はいいやとなった方が、お仕置きが嫌なものにも変わるわけです。
余計に恥ずかしく感じたり、情けなく感じたり、お仕置き欲求がおさまったからこそ嫌なものに少しシフトすることにもなるんですね。

サイトの感想でも「このままお仕置き無しでいいや」という気持ちになる人が何人もいるように、スパの話で盛り上がるということはなく、真面目にお仕置き欲求を追求し、更にメインは日常生活や普段の生活やその人の日常の顔を聞いていくので、その段階で普段の素の自分に戻っているので、いきなりお仕置きモードになったらそれは戸惑うでしょう。
私という存在も話しているうちに日常の知り合い的な関係にもなっているでしょうし、そうなると余計に恥ずかしいし、お仕置きに対する抵抗感が増すわけですね(笑)

私がいつも考えているのは、どうしたらより精神的に罰を与えられるかということで、そればかり考えているかもしれません(笑)
肉体的な痛みよりも重要視していることで、これもその一環でもあるのかもしれません。
もしキュンキュンを楽しんだり浮かれた感じでお仕置きをするのであれば、私はそれは遊びのお仕置きとして別物と考えます。

しっかりとした反省内容があって、私が悪い事と判断できなければそれは反省材料とはならず、却下になった例も多々あります。
まぁ反省内容がなくても叩いてほしいと言われれば叩きますけどね^^;
とにかく私のお仕置きは悪い事をしたことに対して、痛みで罰することですから、それは楽しんじゃ成り立ちませんよね。
私のお仕置きはそんなスタンスです。

なのでそういうの関係なくお尻を叩いてほしいという人はちゃんと申告をしないとお仕置き無しになりかねませんからね(笑)
反省することがない場合は私の中では遊びのお仕置きという枠となり、それは普段とは違うお仕置きということです。
それがダメということではなく、基本スタンスは違いますが、依頼されればそういうお仕置きも可能ということです^^

ま、でも遊び的だとしてもちゃんとした反省内容があったほうがいいとは思いますけどね^^


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お仕置きはファンタジー

いくらガチの理由でのお仕置きでも、お仕置きに憧れを持っているキーさんであればお仕置きはファンタジーです^^
ファンタジーとは幻想とか妄想とか夢の世界とかいうようなもので、お仕置きに憧れて妄想する時点で、それはファンタジーといえるでしょう。

しかしそこにリアリティーを求めたいというのがディシプリン派のキーさんで、リアルな反省内容で叱ってもらってお仕置きを受けるんですね。
反省内容はリアルだけど、お仕置きはファンタジーです。
といってもそのファンタジーも痛みで夢から一時的に覚めてしまいます(笑)
そしてお仕置きが終わった後には許されて結局満たされますが、終わった後にはその痛みもファンタジーの世界に戻るものです。

中にはお仕置きにファンタジーを感じない人も稀にいますが、本当に恐怖な事で、でも罪悪感を晴らすにはお仕置きを受けなくてはという強迫観念を抱いてお仕置きを受けに来る人も実際にいます。
また反省内容はいくら自分が悪くても、この件についてはお仕置きされたくない、ファンタジーの世界に浸れないということもあって、それは人それぞれなので、しっかりとカウンセリングしないとわからないところでもあります。

それとガチの反省内容だとしても自分が用意したものではなく、話の流れからその考え方や言い回しなどでお説教になる場合はガチのガチのお仕置きになります^^;
私もそこまで本気に叱るのは信頼関係が構築してると感じた人にしかしませんが、これは相手にとっては精神的にかなり厳しいお説教となりますよね。

お仕置きとなってしまえばもうクリアなんですけど、お説教はかなり応えると思いますし、そうなるとファンタジー部分は皆無といってもいいかもしれません。
ただ、私はこれこそ本来のお仕置きだと思っていて、理想の形です。

もちろんファンタジーを求めるのは悪いことではないですし、自分で反省したいことを持ってくるのも成長につながってとてもとてもいい事ですからね^^
悪い事が反省できて、しかもお仕置き欲求も満たされる、んーー、素晴らしい!

お仕置きって本当に便利で素晴らしいと感じます。
どんなことでもお仕置きで許されるんですからね^^
聞く耳を持っている人を見捨てることはありません、ダメな自分直したい自分を見つめなおしてみましょう。



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お仕置き終わりの判断

お仕置きには必ず終わりはありますが、お仕置きがいつ終わるかわからないという恐怖はありますよね。
最初に道具の種類や回数を宣言してお仕置きをすることはありますが、それはそれで目途というのがあるので、怖いながらも耐える基準というものが設けられていて、厳しくてもなんとか耐えきろうと頑張ることもできるでしょう。

一方、道具の種類や回数を宣言をしないお仕置きはそうはいきません。
痛いのが限界になればなるほどいつ終わるのかが気になり、「あと何回?」と聞いても答えてくれないとなると更なる恐怖に加え、絶望感のようなものも芽生えてくることもあるでしょうが、そういう精神的なダメージもお仕置きの一部です。

で、私はどこを見てお仕置きを終わらす判断をしているかというと、悪い子の”脳内”を見ているんですね。
脳内を見て我慢できる限界を見極めて、そこから更に厳しくする。
お仕置きをされている子は自分の限界だと思って必死に謝ったり「無理!」と叫んだりしますが、それでもやめずに絶望感をもう少し味わってもらいます。

お仕置きに対してファンタジーな部分を抱えているキーさんは多いですが、それを一瞬でも打ち消すくらいの痛みを少しの間与えて、
「なんでお仕置きなんて受けちゃったんだろう」「悪い事なんて言わなきゃよかった」
と後悔するくらいの絶望感を少しだけでも感じさせ、それが行き過ぎないように注意しながら、ある程度の限界以上を感じたなと判断したらお仕置きを終了します。

限界以上にこだわるのはそれだけ悪い事をしてしまったのですから本当の意味で罰を受けて反省してもらい、しっかりと清算してほしいからです。
お仕置きでキュンキュンなんてものはあって当然ですが、それはお仕置きの途中に叩く力を抜いたり、少しお仕置きに浸ってもらうように調整して叩いたりしたりもするので、その時にファンタジー的な部分を満たしてもらい、それとは別に最後に方には限界を一歩か二歩超えたくらいの痛みも感じさせて罰を受けてもらおうというのが私の思いです。

実際には人によって痛みの感じ方は違いますから、叩く強さではなく、どれだけ痛みを感じたかで判断しています。
そうなるとその人の脳内を見るしかないんですね。
この悪さなら痛み度60%だな、これは凄く悪い事だから痛み度80%だな、これは人の心を踏みにじる行為で反省もしていないから痛み度90%以上だな、という感じです。

こうすれば痛みに強い人でも、痛みに超弱い人でも、平等なお仕置きになるわけです。
なので私基準で悪い事を判断して叩く強さを決めるのではなく、お仕置きを受ける側の痛みの感じ度合いを基準として叩く強さを決める、それが平等であり、だからこそ脳内を見て判断するしかないんです^^;

もちろん脳内を見るにはお仕置きを受けている人の痛みの反応や仕草、雰囲気、言葉遣い、必死さなどで判断しているので、多少の誤差があるのはしょうがありません^^;
完ぺきな演技をされてしまうと判断ミスもあると思いますが、初対面でお仕置きを受けた時の反応や、その後のメールなどでのやり取りでの様子で総合的に判断しています。

といっても最初から完ぺきな演技であれば脳内は覗き見れないかもしれません^^;
ま、でも相手はキーさんですからね、演技で軽めにお仕置きを受けてそれで満足というわけにもいかないでしょう(笑)

キーさん側も小説を見たり妄想したりするときには限界を超えても許してもらえない、泣いても叫んでも容赦なく平手でぺんぺんと叩かれる、という描写に惹きつけられて、それを理想とする人も多くいるでしょう。
でも実際のお仕置きは痛いんです(笑)

滅多打ちにされたいとか超厳しくされたいと口でいうのは簡単でも、実際にしてみると本気で無理!なんてことは実は普通です。
それでも限界を超えたお仕置きは、その場では本気で嫌でも終わってみたら物足りないと思ったり、もう少し我慢できたかも、となるものです。
家に帰ったらその気持ちが更に強くなって、怖いけどもう少しだけ厳しめのお仕置きも受けてみたいと考えてしまう人も多いようです^^;

活動での私のお仕置きは要望が基本にあるので、普通レベルや軽めの要望であればそこまでのお仕置きはしませんが、お任せであったり厳しめの場合はこのような感覚でお仕置きをしています。

もう限界だ!
そこから更に少しの間厳しくするお仕置きは、悪い事の罰としては効果的です。

そんなお仕置きでも終わってみたら大したことありません。
限界といっても流血するまで叩かないですし、擦り傷になるところまで叩くことはありません。
痛いは痛いですが、たかだかそんなレベルでの痛みですからね(笑)

中には私が思いっきり叩いても限界を超えない強者のキーさんもいるのですから、その場合は私もお手上げです^^;




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恥ずかしいのがお仕置き?

お尻叩きのお仕置きには服の上からお尻ペンペンと、お尻丸出しでのお尻ペンペンとがありますが、この活動では要望がない限りはお尻を丸出しにしてのお尻ペンペンをしています。
まぁ大人であればお尻を叩かれる行為自体恥ずかしいですが、お尻を丸出しなんて違う意味で恥ずかしいものですよね^^;

でもそれについて「恥ずかしいことがお仕置きだよ」と相手に伝えるカーさんや、そう思っているキーさんもいますよね。
それの何がおかしいの?って思いがちですが、本来はお仕置きが恥ずかしいことであって、恥ずかしいことがお仕置きではないということを言いたいわけです^^;

これは家庭的なお仕置きでの話ですが、家庭的なお仕置きは親から子供へのお仕置きを想定したものです。
親は悪い事をした子供に罰を与えるのですが、それは恥ずかしい思いをさせるという罰ではなく痛みの罰のはずです。

つまりお尻叩きのお仕置きは、生尻へのお尻ペンペンで痛みを与える罰なだけで、恥ずかしい思いをさせるものではありません。
その過程で子供が恥ずかしいと思ってしまうのは副産物のようなものです。
それでもし子供が「恥ずかしいから嫌だ!」といったら、その時は「恥ずかしいのもお仕置き!」となりますが、そうはいっても恥ずかしめるためのお仕置きではないことは明白です。

もし恥ずかしいことがお仕置きとなると、恥ずかしい恰好にさせることが罰となり、そうなるとこれはSM的なお仕置きでもあり、それをもし子供にしたら性的虐待のようになるでしょう。
だから恥ずかしいのがお仕置きという発想は家庭的なお仕置きではなく、SM的だったり大人のお仕置きという解釈になると私は思います。

そもそも子供は自我が芽生えるまでは、お尻を出すことを恥ずかしいことだと思っていません。
いつの日か裸を晒すことは恥ずかしいことだと学び、そうなってから恥ずかしいと思うんです。
といっても家族の前では一緒にお風呂も入るし、その時期の年齢であればお仕置き時にお尻丸出しにしても恥ずかしいと思わず、恐怖としてしか認識しないかもしれません。

Sの人は特にですが、罰として嫌な事、つまり「恥ずかしいことをするのがお仕置きだ!」と言い張ってお仕置きをしがちです。
それが性的な事であっても「嫌な事がお仕置きだから我慢しなさい、悪い事をしたんだから」と相手に強要し、お仕置きと称して恥ずかしいことや性的な事をしてくるようなこともあるでしょう。

もちろんSM関係やラブスパ、お互い同意の関係でのお仕置きであればなんら問題ないのですが、そういう認識がないキーさんは多いし、お仕置きとはこういうものなんだと我慢してしまう人もいるようなので、そこに関してはキーさん自身のお仕置き観によって、お仕置きの種類を選ばないといけません。

嫌な事がお仕置きなのは当然ですが、その嫌な事なら何でもありとなると話が変わってきます。
私の感覚としては、お尻丸出しのお尻ペンペンのお仕置きは何ら恥ずかしいものではなく、羞恥の罰とも捉えていません。
でもキーさん側がお尻を出す行為に対して”お仕置きが恥ずかしい”と思うだけなんですね。
家庭的なお仕置きに関しては、決して”恥ずかしいのがお仕置き”ではないということです。

といっても恥ずかしいことにキュンキュンドキドキしているキーさんもいますからね、でもそれは心内に思っていることで、口に出してしまえばそれはSM的、性的っぽくなるのでそこは暗黙の了解です^^;
そう思うキーさん、そう思わないキーさん、どちらも存在していますが、私としては粛粛とお仕置きをするだけなので、そこは心内でひそかにキュンキュンドキドキ、そしてイヤイヤしていればいいですからね^^



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お仕置きのインターバル?

お仕置きの最中、キーさんによってはたま~に「休憩!休憩!」ということを言ったりします、いわゆるインターバルですね。
恐らく痛いから少し休みたいとのことでしょうが、どこからそういう発想が生まれたのか気になるところです^^;

私は実際のお仕置き(親が子供にするようなお仕置き)を考えてしているので、スパの世界の作られたプレイ的なことは、要望がない限り取り入れていません。
実際に悪いことがあったとして、それについてお説教してお仕置きをした時に、「休憩!」といって少し休んで、お尻を冷やしながら雑談を挟むというのは実際のお仕置きにはないことですよね。

もちろんスパの世界は様々なので、単純にお尻叩きプレイが好きな人はいますし、そういう人たちはたくさんお尻叩きが楽しめるので、休憩を挟んで一回戦、二回戦とするのもいいでしょうが、私はそういう考えではありません。
とはいってもお説教があってのお仕置きだとしても、存分にお尻叩き味わいたいという人もいるでしょうから、そういう人は一度休憩して、再度お仕置きというのが理想なのかもしれません。

まぁこんなことをいってますが、私が休憩を挟むときはあります。
でもそれは休憩ではなく、お仕置の延長線上であって、厳密にいうと休憩ではないんですけどね。

どういうことかというと、ペンペンされたお尻というのはお仕置きが終わってからお尻の体温が下がり硬くなってくるんですが、その状態で叩くと更に痛くなるんですね。
なので時間がある場合で厳しくお仕置きをしなくてはならないような時は、お仕置の途中でベッドにうつぶせにさせてお尻をタオルで冷やしながら、その時にお説教をしたことを踏まえて反省させ、これからどうしていくのか考える時間としています。

そしてなぜ冷やしているのかということをちゃんと教えます。
「冷えて硬くなったお尻にお仕置きをしたらもっと痛くなるから」といい、まだお仕置きは終わっていないことを相手に伝えます。
その際にはタオルを交換しながらお説教もしますが、その時に雑談はしません。
それはこの時もお仕置中であり、そういう雰囲気のままでいさせるためです。

このようなお仕置きもたまにするんですけど、それは私の感覚や時間によってしていることなので、しない事の方がおおいです。
ですが要望があれば途中にインターバルを挟んでのお仕置きも可能です。
まぁとにかくどんな形にしても遊びとかプレイ的な雰囲気に持っていきたくはないので、厳格な雰囲気は壊さずにお仕置きをしていくのが私のスタイルです。

厳しくお尻ペンペンした後にお尻を冷やすと、その後のお仕置きは更に痛くなりますからね。
悪い子過ぎると要望無しでそうなることになるので、くれぐれも気をつけましょう^^


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色恋パートナー

色恋パートナーって聞きなれない言葉だと思いますが、それはそのはずです、私が命名してみました(笑)
色恋というのは、男女間の情事や恋愛のことをいい、情事とはお付き合いしいない人との肉体関係を指します(不倫、浮気)
それとここでいう”色恋”とは肉体関係がない”恋人ごっこ”という意味で使用します。

お仕置きの関係は人それぞれです。
恋人関係を求めている人もいれば、お仕置に性的な事を求めている人もいます。
でも私のブログで書いてあるような、性的な事がない、家庭的なお仕置きを求めているキーさんカーさんといえど、無意識に色恋を求める人もいるんですね。(性的な事がない色恋です)

男女関係だと、恋愛的なやりとりやイチャイチャをすることで幸せを感じたり心地よくなったりすることはありますよね。
女性側がそんなこと意識していなくても男性側からそのような雰囲気やコミュニケーションを仕掛けられたらだんだんと色恋の心地よさが癖になってくるものです。
それは信頼関係が深まり、相手のことが好きになればなるほどです。(好きというのは異性としてではなく人として)

性的な事が一切ない家庭的なお仕置きのパートナーに恋愛のような男女間の雰囲気を求めているのであれば、それがその人の求めているものなので問題はないのですが、知らないうちにそれにのめりこんでしまい、色恋の心地よさにはまっていくのはよろしくないですね。

要は本来は親から子とか、お兄さんから妹とか、先生から生徒とか、そんな雰囲気の家庭的なお仕置きに惹かれていたのが、いつの間にかお仕置きに色恋(恋人ごっこ)も求めるようになり、それがセットになってしまうと簡単にキーの卒業はしずらくなっていくものなんです。
キーを卒業できなくて困っている人はお仕置き以外に異性への恋愛的なやり取りを求めてしまったりしてはいないでしょうか。

つまりお仕置き欲がなくなったとしてもパートナーとの心地よさが依存につながり、自分が一人で寂しいと誰かに寄り添ってもらわないと不安になり、そういう観点からパートナーを探すということにつながり、本来はお仕置き欲が薄れているのに、お仕置に執着してしまうことがあります。

親から子の関係、兄から妹の関係、先生から生徒の関係、それらの関係性を維持し続ければ色恋に発展させることは阻止できますが、男性側からモーションをかけてしまうと女性側が相手に好意を持っている場合は一気に色恋(恋人ごっこ)の関係へに嵌まっていくでしょう。
そこに性的な事が無くても疑似恋愛のような異性の関係はとても満たされるものであり、それとお仕置きが混在してしまうと、より厄介な欲求へと変貌してしまいます。

聞いたことがある人はいると思いますが、キャバクラやホストクラブなんかは”色恋営業”をしてお客さんを惹きつけています。
ホストやキャストは、相手に恋人であるかのような、気があるような素振りや言葉をかけたりしてお客さんと疑似恋愛を仕掛けるんですね。

そういう遊びを知らない人は本気で自分のことを好きなんだと思い込んで嵌まっていってしまうのですが、店側からしたらそれは単なる色恋営業であり、疑似的に恋愛を演出して相手を喜ばすのが仕事なんです。
「本気で好きだよ」「君は本当に他とは違う、特別だよ」なんていう言葉は相手を騙しているのではなくて、疑似恋愛という色恋営業であり、これが仕事なんですね。
それで心地よくなってもらうという大義名分があるので、本気で仕掛けてきて、相手も本気だと錯覚してしまうんです。

それくらい疑似恋愛というのは心地がいいし、癖になって好きになっていくのですが、お仕置きの関係もいたずらに相手の心を揺さぶると、相手が色恋に惹きつけられて依存していくことにつながります。
殆どは男性が仕掛け、女性が依存していき、恋人ではないので独占欲や嫉妬で苦しみ、悩み、そして傷ついていくパターンが多く、それで捨てられたら病みしかありません。

なのでそういう傾向のある女性は非常に気を付けたほうがいいと思います。
私の場合はサイトに書いてある通りに恋愛的にならないように接しています。
あくまで親と子供のスタンスで、相手が色恋を求めたとしてもそのスタンスは崩しません。

逆に私が色恋を仕掛けたとしたら私に依存したりお仕置きに依存したりするキーさんは増えてしまうでしょう。
私は悪い依存はさせないように心がけていますし、卒業したい人にはそうなるようにお話をしたりお仕置きをしています。
パートナーがいないと寂しい、となってしまったら、それはお仕置きを求めているのではなく、異性を求めているということです。

おそらくお仕置きを経験する前は、お仕置に対して寂しいとか誰かの側にいたいという欲求ではなく、お仕置きを体験してみたいという欲求だけだったはずです。
仮にそういう欲求があったとしてもそれは恋人を求める欲求であってお仕置きでそれを埋めようとは思っていないはずです。

お仕置きから抜け出せない問題点は、異性としての色恋を求めてしまっていることと、ある程度の理想のお仕置きを納得がいくまで経験していないという大きく分けてこの2点です。
そして邪魔をしているのが異性としての色恋でもある、恋愛的な甘えやイチャイチャです。
そういう色恋を仕掛けられてもそこになびかない意志の強さが必要です。

それでも女性であれば誰かに寄り添いたいと思うでしょうし、その相手がいい人で人として好きであれば心が動かされてしまうのはしょうがないかもしれません。
でもそれはお仕置きを求めているのではなく、恋愛的なイチャイチャを求めているということを認識しなければならないと思います。
その上でするならいいでしょうけど、そのような麻薬的な要素は、スパの世界からいずれ去ろうとする人は経験しない方がいいと思います。

もちろん異性としてその包容力や色恋を求めている人はいるでしょうからそこを否定しているわけではありません。
知らないうちに流されないようにという意味で、それを求めていない人には意識してほしいということです。
シンプルにお仕置き欲だけに焦点をあてる、そこに男女のイチャイチャに発展しないように、一度経験したらそれに慣れてしまい、求めるようになり、付き合ってもいない男性と恋愛的なイチャイチャが平気になってしまいます。

そうならないように、お仕置き欲はどうにもならないのでそれは満たすとして、他の要素は取り入れないようにしていったほうが、キーをいずれ卒業したい人にはその方がいいのではないかと私は思います。




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スパ好きではない、カーでもない、カー役?

いきなりですが、私は自分のことをカーだとは思っていません、これまでのブログでも”私はカーだ”という表現はしていないと思います。

スパの世界のカーさんはお尻を叩くのが好きだったり、動画や小説を見るのが好きだったり、他にも画像やイラストなどを見たり、お尻フェチという人も多いようで、それによって興奮をするのでしょうね。
私はカーさんとは交流が一切ないのでわかりませんが、キーさんから聞くカーさん像はそんな感じです。

私はというとお尻を叩くのは好きというわけでもないし、動画や小説、画像やイラストなどを見ても一切興奮しないし、むしろ見てもつまらないと感じます^^;
もちろんお尻フェチじゃないし、お尻を見て興奮することもありません。
つまり私はスパ好きでも何でもないんですよね。
そういうことで、私はここにあげたスパのカーさんの要素は無い!ということです。

でもお尻叩きに関しては補足があって、私はお尻を叩く行為自体は好きではないですが、条件が整えば変わってきます。
その条件は”悪いことをしたら”であって、その罪に対して相手を懲らしめるために罰を与えたくなるんですね。
家庭的なお仕置きを好むキーさんは”理由が無ければお尻を叩かれたくない”というように、無条件でお尻を叩かれたいわけじゃないんですね。
それでもお尻ペンペンされたいから反省しなくてはいけないことを申告するんですけどね^^;

で、私は悪いことをした子に対しては懲らしめのために痛みを伴ったお仕置きをしたくなるのは事実なんですが、実はその痛みを与える部位は別にお尻じゃなくてもいいんですね。
キーさんがお尻叩きを望んでいるから、その需要に合わせてお尻に痛みを与えて懲らしめているというのが本音です。
だからお仕置きだとしても”お尻を叩きたい”というわけでもないんですね。

もちろん親から子への愛情のある家庭的なお仕置きを考えると、痛みを与える場所はお尻へとたどり着くのですが、もし相手側がビンタとかゲンコツとか背中への鞭打ちとか、他の部位の方が愛情を感じるし反省できるというのであれば、その部分に痛みを与えて懲らしめることをするでしょう。

要は私には叩く部位というこだわりはないんですね、こだわりがないから要望があればお尻でもいいんです。
そして私の欲求的な話をすると、単純に私は悪い子をみるとお仕置きで懲らしめたくなるんですね。
お仕置き方法はその罪に値するくらいの痛みを与えることなんです。
だからそういう部分をみると私はカー的ではなく、S的な発想なんでしょうね。

もちろん痛みで懲らしめるのは、その子の成長のためにしっかりと反省させていい子にさせたいからするわけで、だからこそお説教に重点を置いて納得させてからじゃないとお仕置き始まりません、それは要望がなくても私がしたいことです。
虐待的に叩くのは成長も反省もできないので私は嫌いで、家庭的な雰囲気で痛みを与えて懲らしめるという感じが好きなんですね。
まぁ本物の親もそういうところはありますよね、そしてどんな罰を与えるかはそれぞれですよね。

罰の種類は、おやつ無し、スマホやゲームの没収、外出禁止、反省文、家の手伝い、ゲンコツ、ビンタ、そしてお尻叩きと、それは様々ですが、ほとんどの親は何かしらの懲らしめの罰は与えていると思います。
本当の親と違うところは、悪い子を見るとお仕置きをしたい欲が出てくるということくらいですかね^^;
親はそんなことはないでしょうが、でも「悪さをしたら二度としないように懲らしめなくてはいけない」という部分は完全に一致しているわけです^^

お仕置きは憎くてしているわけじゃないので、頑張ってその罰を受けて二度としないって約束が出来たのなら許しがあり、いい子いい子したくなるんですね、それも私がしたいことです。
そこも親から子供に対する無償の愛と同じところですね^^

キーさん的にも私のような感覚の方が親から子への家庭的なお仕置きとしてはしっくりくるんじゃないかなって感じます。
お尻を叩きに興奮したり、お尻フェチだったり、お仕置き動画で興奮したり、そういう類の欲がある人にお仕置きをされるのは、いくらお互い様だからとそこに蓋をしても、そこを想像したらちょっと違和感が生まれてしまうのではないでしょうか。


私の場合はお尻に興奮するという要素がなく、悪い子を見たら痛みをもって懲らしめたくなるという欲求なので、そういう心理面から考えると自然といえば自然なのではないでしょうか。
実際にその子の成長の為って心から思っているのは本当ですし、だから私はプレイ感がなく、日常のような雰囲気でお仕置きができるんじゃないかなって思います。
キーさんだからといって相手はカーさんじゃないといけないなんてことはありませんよね、むしろ本当はお尻を叩かせてほしいと願っている人じゃない方が理想なのではないでしょうか、少なくても妄想上はそうでしょう。


こういうことを今更書こうと思ったのは、たまに
「京介さんはお尻叩きたくないんですか?叱りたくないんですか?スパ見て興奮しないんですか?」
などと聞かれることがあり、そういう時に「ああ、そんな風に思われているんだ、何か嫌だな」と思ったり、
「今日生理でお仕置きできないんですけど行ってもいいですか?」
ときかれ、「普通にお仕置き無しでっていってくれればいいのになぁ、叩きたい人と思われているのかな?」と感じたり、
当然活動をしているのでそう思われるのは当たり前なのですが、その都度相手側に伝えるのではなく、ブログを通じて私の感覚を伝えてみたくなったんですね。

私は一般的なカーさんの感覚を持っていないので、そう考えると恐らく私はS的要素でキーさんにお仕置きをしているんだと思います。
でもそれでキーさんとの需要と供給の関係になれているので、それこそウィンウィンの関係ではないでしょうか。
キーさんの需要とはお仕置きの罰としては”お尻ペンペン”ということ。
供給とは私が”お尻”に痛みを与えるということです。

お尻を叩くことが好きであったり、お尻を叩く行為に興奮したりする人よりも、単純に悪い子をお仕置きしてしまいたくなる人の方が、実はキーさんとは相性がいいのではないでしょうか。
遊びのスパ、お仕置き理由のないスパ、ラブスパ的なもの、そういったものを求めるキーさんには向いていませんが、家庭的なお仕置き的なものを求めるキーさんにはしっくりとくる存在だと思います。
ま、依頼されればただ叩くだけでも要望は聞きますけどね^^;


最後に。
これまでの私は、カーの振りをしていた方がキーさんも依頼しやすいだろうなと思ったり、S欲求に似たようなものでお仕置きを捉えていたらキーさんに避けられるんじゃないかなと思ったり、そういうよこしまな気持ちがあったので濁しながらブログは書いていたんですが、どう思われたとしてもそういう部分は伝えておこうと今回思ったんです。
よくよく考えたら私のような感覚の方が家庭的なお仕置きを好むキーさん的には合っているんじゃないかなって思うようになったのが大きいですけどね。

私はスパ好きではありませんし、カーでもありません(お尻叩きが好きという意味で)し、キーさんからしたらカー役とでもいうんでしょうか。
悪い子を見つけたらお説教して痛みのあるお仕置きをして懲らしめたい、その部分だけ見るとS欲求なのでしょうかね。

痛がっている姿、恥ずかしがっている姿は私のS的な要素を満たしてくれます。
お説教やお仕置きによって私の言うことを理解して一時的でもいい子になったのなら私の支配欲的要素も満たされます。
約束事をした後に再会しその報告を聞くことによって私の管理欲的な要素も満たされます。
心の内を聞き、人に言えない悩みや悪いことを全て晒してくることによって人の心を把握するという欲も満たされます。
私の言葉によって前向きに考えられたり、人生がいい方向に変わってくれたり、気持ちが切り替わったり、欲求が薄まったりすることで心が軽くなったとしたらそれはそれは嬉しいことです。
これだけの要素を全て満たしてくれるのはお仕置き活動以外ないでしょうね。

こういうところを満たせるのは相手がキーさんだからであって、だから私はこの活動が好きなんですね。
キーさんじゃなくてもMさんでもそれはできますし、一般のノーマルの人でも可能ですが、やはりそれには依頼してくれることが条件ですよね、そうしなければ同意とはいえず悪ことですから。
まぁキーさんと私とで、需要と供給がピッタシ合っているのであれば、私が何者でもいいですよね^^;




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過去と現在のキーさんとの関係性の違い 続き

前記事の続きです。

「過去と現在でキーさんとの関係性がシフトしていったのには理由があります」というところからですね。

その背景には、施設を借りてそこの維持費でもある施設使用料を貰うようになったということがあり、そこから接し方が徐々に変化していったんです。
それ以前の活動はラブホテルでお仕置きをしていたのですが、活動休止の時期があり、その後活動再開時には仕事が私の都合で融通できる仕事に変えた関係で、もっとたくさんの人と関わりたいと思うようになったんですね。

それまでは依頼者と私でホテル代を折半にしていて、折半でも当然たくさんの人と会えば会う程ホテル代は莫大になります。
長く活動するにはそれは現実的ではないので、それならば施設を借りてしまおうという発想で、施設を借りてその場所でお仕置きをすることにしたんです。

私の仕事の収入に関しては活動に時間を割けば割くほど仕事の時間が減り、結果収入が減ってしまいますが、今後は仕事よりも私のしたいことをしようという隠居的な考えでお仕置き活動を優先することにしたんです^^;
ま、老後のことまでも考えても、これまで蓄えたものもあったので、施設の維持費の足りない分を毎月私が補填をしても10年は大丈夫だろうという計算があり、2016年初めから仕事をセーブしてお仕置き活動中心の生活がスタートしたという感じです^^;

ちなみにその当時は資金不足になったら閉鎖すればいいやという軽い考えで始めたのですが、いざ始めてみると賛同者もいてくれているのでそう簡単にはやめられなくなり、今後はちょっと先行き不安ですがなんとか活動を維持できればと思っています^^;

で、この施設使用料を貰うようになってから私主導のお仕置きからキーさん主導のお仕置きにシフトしていったということになるんですが、実際に私に依頼をして施設使用料の3,000円を払うとなると、お金を払って話を聞いてもらったりお仕置きをしてもらうという感覚になるものです。

一方的に私が受け取る形だと、そのお金が私の利益だと錯覚してしまう人もいるでしょうし、ホテルでのお仕置きのように折半で2,000円~3,000円を受け取ってその場で支払えばなんてことはないのですが、私が一方的にお金を受け取る形だと私も含めて錯覚に陥ってしまうものです。

実際は毎月の維持費の足りない分は私が補填していますから、結果的にその都度私もお金を払っているのと同じなんですけどね^^;
でもそこは目に見えない部分で、私がお金を出している光景はその場にはないし、維持費の支払い時に立ち会わせないでお金を出させているとそのように思ってしまってもしょうがないのかもしれません。

ちなみに施設の維持費というは家賃だけでなく活動にかかる様々な費用も含まれるのでそれなりにお金はかかっています。
当然足りない分の全ては私が負担することになりますし、今はコロナの関係で費用負担が大きすぎて、これ以上コロナが最悪の状態になるのであれば閉鎖なんてこともあるかもしれません・・・。

施設使用料というのは3,000円となっていますが、ラブホテルを利用したら折半でも一人2,000円~3,000円はするので、それで雰囲気の悪いラブホテルではなく、出入りに後ろめたい気持ちにもならない場所なので、妥当な金額だと思いますけどね。
まぁ美化していうならば、私のしていることは利益のないボランティアですからね^^


話を戻します^^;
で、それまでの私は、私のサイトやブログを見て、相手は賛同して依頼しているわけだから、私中心の私の思った通りのお仕置きをして、それで合わなければしょうがない、私が相手に合わす必要はない、という考えでした。
ホテル代も目の前で折半して支払っていたので、そういう面でもお互いに求めあって会っているので、基本的なお仕置き姿勢さえ示していればいいという、掲示板での出会い的な感覚が強かったんだと思います。

でも施設使用料をもらうようになると、私の満足だけで終わらすのは違うような気がしてきて、そう考えているうちにだんだんと気を遣うようになり、現在はキーさんのお仕置き観にできるだけ合わせた雰囲気を作ったり、厳しさも私基準ではなく、キーさん自身の痛みを感じる度合いで判断したりと、以前とは関係性が変わってきました。
それはそれで相手が喜んでくれると、私も嬉しいのですし、悩んでいることを解決に導いたり、キーを卒業したい人の手助けをしたり、それによって満たされる気持ちになったり感謝されるとなると私の心も満たされます。

以前はパートナーはいましたが、パートナーでない人にもある程度パートナー的な感じで接していました。
ですが現在は明確に依頼者と管理人のようなスタンスになっていて、過度なパートナー的な雰囲気も出さないように気を付けています。
といってもそんな冷たい関係というわけではなく、そこはフレンドリーにというか親と子供的にというか、接する態度は変わっていません。

その上でキーさんの要望に合ったお仕置きであったり、卒業に向けたお仕置であったり、好きな体勢や道具の要望を聞いてあげたりと、いつの間にか当然のようにキーさん主導のお仕置きをしています。
交通の面の費用も含めて労力を払ってわざわざ私に会いに来てくれるというところにも依頼される嬉しさがあるのですが、やはり来てくれたならできるだけ満たしてあげたいと思うようになっています。

まぁ、それでもスタンスを変えてないのはお説教です。
カウンセリング時は真面目なお話をしていってその中でダメなところを指摘する、それが要望でなくても会話の中でそれを見つけたら追求してお仕置きをしています。
そして反省内容を聞いても私が客観的に判断して悪い事じゃないと思えばその理由についてはお仕置きをしないなど、そういった部分は徹底しています。

満たしてあげるといってもキーさんの機嫌を取ることはしません、叱る時はキーさんが凄く嫌な思いをするケースもありますし、そこは譲らないのですが、そこは本気で向き合っていると思ってくれると幸いです^^;
要望に合わせるのはお仕置きの内容とか厳しさとか雰囲気ですからね、誤解をしないようにお願いします(笑)

ということで、お説教無しでお尻を叩くだけどか、お仕置きを楽しむとか、そういうお仕置きではないので、お仕置きごっこ的な感覚の人とか遊び感覚とかスパ好きさん的な人には私のお仕置きの方向性は合わないかもしれません^^;

とにかく以前の私は自分が満足すればいい、相手は私の方向性に賛同したキーさんなんだから私の満足していることをしていれば結果満たされるんだ、と思っていましたね。
そしてそれで私と合わないのであれば私は合わすことはしないので”さようなら”みたいな感じだったと思います^^;

キーさんの感覚にに合わせてお仕置きをしてあげるとか、キーさんのために奉仕的なことをするとか、そういう感覚は持ち合わせていませんでした。
なのでそういう意味では嫌な想いや傷つけてしまった人はいたと思います。

それはおそらくですが、過去に私はSM的な主従関係を好んでいて、パートナーも複数いたこともあり、その時は主導権は絶対的にこちらにあり、主導権を不動のものとするために相手を言葉で操ったり、徹底的に支配したり、躾の一環として罰を与えていたりしていたので、その流れで叱る立場の者がその手段を相手に合わすのはあり得ないと思いこんでいたんだと思います。
今思い返してみると絶対的な支配者という立場で考えていたんだなぁと感じます^^;

今になってみると過去より今の方が楽しいですし、過去の私は変なこだわりに固執していたんだなぁと思います^^;
そういう枠にとらわれず、私がしたいと思ったことをする、その上で変化はありましたが、想定してなかった偶然の変化でありますが、今の方向性が一番心地いいんです。
人によっては人生相談であり、欲求の行き場を逃がす手段であり、欲求を薄めて卒業をする為であり、心の治療的要素であったりと様々ですが、その土台の上でのお仕置きは、スパという非日常世界を超えて、真剣に自己に向き合う日常のあるべき姿なんだと感じます。

初めての人には非日常に見えますが、実際に会って話している内容は日常そのもので、その中でのお仕置きなので、悪い事をしたらお説教してゲンコツ、みたいな感じです。
お尻を出してペンペンするから意識をしてしまうだけで、叩く場所が頭かお尻かの差と考えればなんてことはありません。
ま、恥ずかしいは恥ずかしいですけどね、子供でされている人は実際にいるんですからなんてことはありません!

まぁサイトを再開してしばらくはまだ昔の感覚で接していた面もあるので嫌な思いをした人もいたと思います。
だんだんとシフトチェンジしていったので、かなり強引で一方的だったところもあったと思いますが、そう考えても結構変わったなぁと自分ながらに感じます^^;
そういった経験も生かして、今は相手を気遣って、成長するように、良い方向に行くようにと考えながら接しています。
それでも人間ですから完璧には難しいんでしょうけどね。

という、長々と書きましたが、過去と現在のキーさんとの関係性の違いのお話しでした^^



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過去と現在のキーさんとの関係性の違い

最近過去のブログを始めの方から読み返しているんですが、その中で昔と考え方が大分変わったのかなぁと感じることが多々あり、今の自分との違和感を覚えながらそのまま読み進めていると、”ああそういうことか!”と今との違いがわかったことがあり、ちょっとブログに書こうかな、ということになりました^^;

現在の活動はあくまで依頼をするキーさんの要望に沿ってのお仕置きです。
もちろんこのお仕置きは性的な事が一切ない家庭的なお仕置きなのでその中で特に要望があればのことです。
お仕置きも私基準の厳しさじゃなくて、キーさんの痛みの感じ具合によってキーさん基準のお仕置きをしています。

お仕置きが初めての人は未知の痛さに恐怖があるので、要望のお仕置きレベルによっては手加減してキーさんの様子をうかがいながら恐怖を与えないようなお仕置きを心がけてもいます。
そして依頼にあたっては私を利用する形でも全然かまいませんし、むしろ私でよければどんどんと利用してほしいと思っています。

一方、過去の私のお仕置きはすべて私主導でお仕置きを決めていました。
精神的な部分でどうしてもNGという要望は聞き入れていましたが、お仕置のやり方や道具の選別、体勢、そして厳しさも全て私基準です。

もちろん家庭的なお仕置きなので性的な事は一切ありませんが、痛みを我慢できるような子やとても悪い事をしてしまった子には虐待じゃないかくらい厳しくケイン打ちもして(家庭的ではないですね・・・。)私が納得する厳しさでお仕置きしていましたし、痛みを目いっぱい感じてもらうために、痛みという部分を追及していました^^;
今思い返しても自分が怖くなります(笑)

また、私には過去にパートナーがいました、人数は6人でしたね^^;
このパートナーは、お仕置き活動の中で出会った人が多いのですが、私がパートナーにしてもいいなぁと感じて相手に声をかけて、相手もパートナーになりたいとなったらパートナー成立でした。
昔は自分のお仕置きに賛同してくれる人と出会うためにサイトをしていたので、パートナーも作り、依頼も受けていたという感じでした。

で、過去のブログを読んでいる方はご存じかもしれませんが、そのパートナーとの関係のことをブログに書いていたこともあったんですね。
お仕置き観的な事もそうなんですが、それはパートナーとしてのお仕置き観であったりもするので、現在のパートナーとしてではない関係だと、お仕置き観が微妙に違うこともあります。

結局は活動を再開する時に、依頼する全ての人と平等に接するために、全員とパートナー関係を解消し、みんなと同じように依頼をして先着順に日時を決め使用料も同じように払うという形にしたので、パートナーの意味がなくなり、解消することにしたんです。
このパートナー解消後はパートナーを作らないことに決めています。

パートナー解消に関しては過去のブログに説明していますので気になる方はこちらから→「パートナーのくくり解消」

で、そのパートナーへの接し方はお仕置き依頼とは異なるので更に個人的な私基準のお仕置きになり、要望は一切通りません。
もちろん性的な事はしませんが、道具の種類やお仕置きの厳しさ、お仕置きの体勢などはすべて私が決め、精神的にNGな事以外は嫌な事でも従わせていました。

そして私の価値観の押し付けもします。
それは理不尽な事では無く、例えば女性としての品格を身につけさせたり、気遣いができるように躾けたりとかです。
今の活動では、本人が希望するならそこも注意するようにしていますが、それは厳密に悪い事かというとそうではないので、同意がなければこれは価値観の押し付けに過ぎないんですね。
女は女らしくなんて、そう思える人にしか通用しないことですし、気遣いもしたくないという人も、それはそれで個性ですからね。

まぁとにかく私にとってその時のパートナーの存在は、”俺の自由にできる子供”的であって、”俺の自由にできる女”的でもあり、そういう感覚で自分の価値観の中でお仕置きをして接していました^^;
彼女的といっても性的な事は誰にもしませんでしたよ、”俺の自由にできる女”的といっても親子的ですから(笑)
とにかく昔はキーさんに合わせたお仕置きではなく、「私のブログに賛同したキーさんには私のお仕置きに合わせてもらう!」というスタンスでした。

一方、今のキーさんとの関係は親子的な感覚でも自分の自由にできるとは考えていません。。
そし自分の女的とも思っていません。
親身になっていろいろと考えたり、解決策を見出したりというカウンセリングの面はもちろんですが、要望のお仕置きを実現してあげたりという感覚で接していて、私主導ではなく、キーさん主導でキーさんのお仕置き観に私が合わすという感じに変わりました。

なので過去にブログで書いてあることは今と違う感覚での内容もあり、それがパートナー目線なのか、お仕置き依頼のキーさん目線なのかでも微妙に違ってきますし、それは私自身違和感が出て当然ですよね^^;
まぁでも恐らくパートナー以外の話題はブログにはそこまで書いていないと思いますけど。

それとブログもそうですが、お仕置き後の感想にも違いが出ているでしょうね、だから私のお仕置きに恐怖を持っている子がいるんだなぁと今更ながら理解したような気がします^^;

で、こういう形でキーさんとの関係性が徐々にシフトしていったのには自然とそうなったのですが理由があります。
長くなるのでここでいったんやめて、また続きを書いていきたいと思います^^
とにかく今は過去ほど怖くないですからね、もし怖い思いをしたい人がいたら、その事を伝えた上で私にすべて一任するお仕置きを依頼してみてください(笑)

それではまた後日続きを書きますね^^


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お仕置きの願望と現実

キーさんは理想のお仕置きというものをそれぞれ持っていますよね。
理想というのは基本なお仕置きで大雑把なものですが、それとは別に願望というものを持っている人は多いと思います。
もちろん最初はお仕置きをしてもらうことが願望であっても、一度お仕置きを受けてしまったら、こういう体勢でしてもらいたいとか、こういう行為をしてもらいたいとか、めちゃくちゃ厳しくしてほしいとか、そういう願望がでてくるものです。

その願望はまだ経験してないことが主ですが、気持ちが沈んでいる時に厳しくしてほしいとか、ボロボロにしてほしいという心境になる子もいます。
私はそういう願望を言いやすい環境にして私から聞くようにしていますが、実際にそういうお仕置きをしてみると、恥ずかしいからといって拒否したり、痛すぎるから無理ってなったりすることが多いように感じます^^;

恥ずかしいということに関してはその願望は消えるものではなく、何度かチャレンジしていくうちに結局経験することになるのですが、妄想の中での願望と現実に生身の男性にされるものとは違うのでそこでストップがかかってしまうのでしょうね^^;
厳しいお仕置きに関しては、小説の世界もそうですが、自分の妄想の中の願望では丸出しにしたお尻が真っ赤っかになっても更に叩かれて、泣きながらごめんなさいをいっても悪い事の罰だからといって厳しくお尻ペンペンのお仕置きをされる光景にキュンキュンしてしまうのでしょうが、現実はどうでしょうか。

小説を読んでその世界に入り込んだり、それをヒントに妄想をしてキュンキュンしたり、そしてそういう願望を持ってドキドキしたりしても実際に痛みを感じることはなく、痛みを想像するにとどまるから強い好奇心となるわけです。
でも実際に厳しく叩かれてみるとメチャ痛い(笑)
もちろんそれが現実であって、厳しくされたら痛すぎて我慢できるわけはなく、小説の中のように耐えることも無理でしょうし、お仕置きされてキュンキュンする余裕もなんてあるわけありませんよね^^;

滅多打ちにされたい、ボロボロになるまで叩かれたい、自分を壊してほしい、とまでの願望を持つM性のあるキーさんもいますが、そういう人たちも実際やってみると「無理!」ってなって、結局かなり手加減して叩くというケースがほとんどです^^;
ま、それが願望と現実の差であって、それは当然のことなので私の場合はそういう雰囲気づくりを重視しています。
雰囲気ならいくらでも演出できますし、そういう気持ちになれるでしょう。
厳しい痛みが無理なら滅多打ちにしている雰囲気で手加減をしてあげれば、相手にとったら滅多打ちに感じるわけですからね。

これは普通のお仕置きでも同じことですが、相手が痛みをどの程度感じるかは人それぞれなので、雰囲気は崩さず、相手に合わせた強弱でお仕置きをしています。
なので人によっては超軽めでペンペンしているだけなのに厳しいお仕置きと感じているというケースもでてくるんです。

まぁでも、キーさんは口では「厳しく!」なんてかっこよく言っても実際はへなちょこ・・・。
というのはすごく可愛いものですけどね^^




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罪の重さとお仕置きの種類

キーさんは家庭的なお仕置きが基本なのですが、人によってはその時の気分によってはSM的なお仕置きを求めてしまう人もいます。
どちらも反省のお仕置き前提の話なのですが、軽めの反省内容の時は家庭的なお仕置きで、落ち込んでいる時やすごく重めの反省内容の時はSM的な感じでボロボロにされたいと望んでしまう人もいます。
まぁそれとは別に普通にM欲求がある人はそういったことはあまり関係なく求めてしまうんですけどね^^;

普通に考えてみてもちょっとした悪い事は軽めのお仕置き、かなり悪い事であったら厳しいお仕置きとなるのは必然ですよね。
ちょっとしたうっかりミスなのにケインでお尻を滅多打ちにして限界まで叩かれたらそれこそ反省なんてできないと思います。
逆にメチャクチャ悪い事をして他人の心を踏みにじるようなことをしたにもかかわらず、平手で軽めにペンペンなんて反省なんてできないしスッキリとはしないでしょう。

やはりお仕置きの厳しさは基本的には悪い事の質や罪悪感の程度によって変えていくべきものでしょう。
その厳しさはキーさんによって違います、痛みを敏感に感じる人とかなり我慢できる人とは違いますから、私の厳しさとはキーさん側の立場での厳しさのことです。

キーさんはそこまで重くない反省材料のときは家庭的なお仕置きで罰を受けて愛情で満たされたいと思う人が多いでしょう。
でも重めの反省材料だと家庭的お仕置きで簡単に愛情を感じるのはどうなのかなと感じて虐待的なお仕置きを求めてしまったり、もっと酷くなると悪い事なのにお仕置きされて満たされるなんていけないんじゃないかと感じてしまう人も中にはいるんですね。

メチャクチャ悪い事をしたのに、結局は自分のお仕置き欲求を満たしに行くというのに矛盾を感じ、それなら罰を受けないで辛い思いを抱えて生きていく方が本当の罰なんじゃないかと考えてしまうんです。
まぁ私はそれは一番よくない考え方だと思いますけどね。

罪は清算しなければなりません、痛みを感じてその場だけでも痛みで嫌な思いをして、清算出来たら償ったと同等でなければなりません。
もちろんしてしまった事を忘れていいという事ではなくて、その事は忘れずに心に留めておき、その教訓を生かし、前を向いて生きていくこと、それが成長でもあります。

法律違反をしたら罰を受けますね、それが罪の償いであり清算で、それが終わったら社会復帰ができます。
これは人間が作り出した便利な方法で、とても理にかなったものだと思います。
それはしっかりと反省して二度と同じ過ちを繰り返さないと心に誓えばやり直しができるからです。

だからキーさんの場合は嫌ってほど痛みを感じ、その痛みを感じている時に苦しみを感じれば十分に罰になりますし、その後に来る満たされ感は清算後のことなので考えなくていいんです。
自分を追い詰めるためにお仕置きを受けないでずっと心の中にしまっておくという考えはよくありません。

もし友達がそのように悩み苦しんでいたら自分はどのようにアドバイスするか、そう考えたら応えは一つでしょう。
自分にだけそう仕向けるのは自傷行為と同じだと思いますし、そうやって視野を広げて考えてみたら、それが歪んだ考え方だということに気づくでしょう。
罪悪感が強すぎると自分を責めたくなる気持ちは分かりますが、そういう時でもしっかりと誰かに罪を打ち明けて、話し合いをして罰を受けることは大切だと私は思います。

まぁそこまで自分を追い詰めてしまうのであればとても重い反省内容の時にSM的(虐待的)なお仕置きを望む気持ちはわかりますよね。
結果SM的(虐待的)なお仕置きでも満たされてしまうので、そこに戸惑いが生じてしまう人もいるのでしょうが、それは罪の清算後のことなので気にしなくていいんです。
法律違反をして、しっかりと罪の清算ができた時にはすでに前を向いていなければならず、人によっては罪の清算ができたら罪悪感も薄れ、結果満たされた気持ちになる人もいるはずです。
そういう感覚と同じようなもの、という考え方をすればいいんです。

ちなみにこれは痛みを「痛い!」と感じる人であれば罰を受けたことになりますし、ほとんどのキーさんやMさんは強く叩かれたら痛いと感じるので、罰としてお仕置きを受けているという意識を持っていればいいです。

一番厄介なのは痛みを快楽に感じてしまうタイプのドMさんですよね、、
その場合は罰にはならないので、他の方法で痛みを感じさせるか、他のお仕置きを考えるかしなければなりません^^;
だから叩かれて痛いと感じる人はずっと幸せだということでもあるんですよ^^



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避けられない批判、誹謗中傷

前記事では誹謗中傷のお話を書いて、その中で私自身のことを後日記事にすると書いたのでそれについて書いてみようと思います。

私も人間ですから全員に対して満足のいく接し方はできていないと思っています。
あくまで私のスタンスで自分の信念に基づいて全ての人に親身に向き合っているのですが、私と合わないという人がいたり批判的な人がいてもそれはしょうがない事と思っています。
また、はたからみて意見や批判もあるでしょうから、このように発信している以上、批判や誹謗中傷は避けられないことだと思って活動しています。

実際お話をしていて私の想いや趣旨を理解してくれず嫌な気持ちにさせてしまうケースもありますが、後になって私の言っている意図を理解してくれると逆に信頼が深まったりします。
しかしそのまま理解できないで終わってしまったら、そのまま”酷い人”と思ってしまうことになり、そこから批判は生まれます。
私は貶めることが本意ではなく、その人を成長させたり生きやすくしてあげることを目的として真面目にお説教しているので、ほとんどの人は理解はしてくれてますが、勘違いされて終わってしまうととても心苦しくなってしまいます。

そういうこところから不平不満が漏れ、それが批判や誹謗中傷につながったり、第三者に伝わって話が歪んだ方向に進んでいったり、それで勝手に推測をしたりと、それが面白くおいしいネタとなってしまったりします^^;
私とキーさんがどのようなやりとりはをしたかは秘密ですから、それが表に出るのは人間的には面白いネタですよね、週刊誌もそうですが、人間はゴシップ好きなのでそれはしょうがないです。

私は有名人ではありませんが、スパの世界ではこうしてブログもサイトもしていて一定の人には注目を浴びているので、そういう目で見られるのは織り込み済みです。
ネットを介してやりたいことを活動としてやって成り立っているので、その反面ネットを介しての弊害もしょうがないことと認識しています。

それと私のお仕置きはイメージプレイのような遊びっぽいお尻ペンペンではなく、私が話を聞いてみて、その人が直したほうがいいと思うことをズバッと指摘してお仕置きをするので、それを人格否定と思い込んでしまう人もいるかもしれません。
私は相手の性格的な事や物事の考え方や捉え方を変えたほうがいいと判断すればそれについてアドバイスします。
やはりデリケートな部分なので、そこを叱ると人嫌な気分にさせる恐れもありますがその人のために言うべきことは言っているんですね。

そうはいっても相手の為に、相手が生きやすく生活できるようにという趣旨が伝わらないのは私に責任があることですが、もしそうであるとしたら、それを伝えられないことがもどかしいところです。
実際私の方向性は世間体を重視しているわけではなく、その人の生き方を重視しています。

孤立を恐れない、我が道を行くという人であればそれを尊重し、世間体に縛られない生き方で良しとしますが、孤立は嫌だという人にはコミュニケーション能力の欠如の部分を指摘していきます。
それは今よりも対人関係をよくし、生きやすい人生を送ってほしいという思いからなんですね。

ただ、私の想いはそうであっても、相手に通じなければその人が感じたことが全てで真実ですから、それを他人に話したら私はそういう人認定となってしまいます。
私がいくら相手のためを思ってお話しをしていたとしても相手が違う解釈をしてしまえば、それは批判や誹謗中傷のネタにもなるでしょう。

まぁ私の活動なんて特に悪口や批判をしようと思えばいくらでも作り上げられますし、解釈を少し変えればいくらでも酷い人になり得ます^^;
個人情報の解釈、悪口の解釈もそうですね。

ちなみにお会いしているキーさんからはいろいろな質問もあります。

キーさんはどういう感じの人が多いのか?
他の人のお仕置きに目覚めたきっかけは?
たくさんの人と会っていて困った事とか大変だったことは?

と、このようなことを聞かれることがあります。
もちろん私は経験上でそれに対してお話をします、それが私がこの活動で安心感を与える一つの方法と思っているからです。
安心感を与えてあげるためにできる限りいろんなケースをお話しします。

でも、これが「個人情報を漏洩している」とか「悪口をいってる」というように歪んで解釈されたらどうしようもありません^^;
私がいろいろなキーさんの話をするのはそれが私の経験値ですし、それを話してあげることがキーさん達の安心材料につながるからです。

ただ、「こういうキーさんもいる」「こういう地域からくる」「こういう職業の人が多い」等については、個人を特定されない範囲で応えているのは当然のことです。
他にも聞かれたらいろいろとお話ししますが、これを個人情報漏洩だといわれてしまってはお手上げです^^;
世間的にはこれは個人情報漏洩ではないでしょうし、そもそも私はキーさんたちの個人情報なんて知りませんからね(笑)

通常は聞きませんが、話の流れで過去や現在の学校名や職業を話してくれたり聞くことはあります。
それはありますが応えるか応えないかは自由ですし、電話番号や住所、本名など、個人が特定できる情報は一切聞きません。
もちろん一切知りませんからね^^;

そもそもこの活動では、キーさんが私に心を開いてどういう人間か教えてくれることが一番の関心事であって、キーさんの個人情報に関心があるわけではありません。
そういったことを話してくれることはそれだけの信頼があるということなのでしょうからとても嬉しいですが、話してくれないのはこういう関係性上当然のことだと思っています。

また好き嫌いの話で、どういうキーさんが苦手?など、返答に困るような質問でもいろいろなケースをお話しするのですが、そういう場合は濁しながらでも返答するようにしています。
でもそれに対して歪んだ解釈をしてしまえば人の悪口というように変化することにもなりますよね^^;
私は性格的に人の悪口は言わないタイプです、悪口の定義は非常に難しいのでここでは省きますが、普通に話していて人の悪口をいう人ではないということです。

それと余談ですが、私は性格がSなので、毒舌の時もありますし、冗談でカマをかけたりもしますし、相手の反応を見るために変なことをいったりもしますが、それがその意図も説明せずに表に出たら「なんなのこの人!」となります(笑)
冗談なのにそれを本気として解釈されてそれが漏れたらもう恥ずかしいことです^^;
まぁ冗談とわからないような感じでいうからしょうがないのかもしれませんが(汗)

ま、ともかく、二人だけの秘密の話をネタのように他に漏れてしまったらメチャ恥ずかしいことなので、キーさんも守秘義務を守ってくださいね^^;
どんな些細な事でも第三者に伝えただけで、それが面白おかしく悪い解釈をされたり、推測して話を作り上げたり、そういこともあるようですからね^^;
お説教やお仕置きののことならいいですが、甘々タイムの話とか、雑談時のバカみたいな話とか、そういう話はトップシークレットでお願いします(汗)

私の元に届く変な噂とか、それを元に本当はどうなのかという確認の質問をされたりするので、それについても今度書いてみようかと思います。
サイトの方に書くかブログで書くかは未定ですが、そのつもりでいます^^;



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活動再開します

やっと緊急事態宣言が解除されましたね、自粛疲れでストレスが溜まっている人は多いでしょう。
ただ油断は禁物です、終息したわけではないですからね^^;

で、お知らせです。
緊急事態宣言解除に伴い、お仕置き活動を再開します。
消毒や換気、ペーパータオルの使用など、出来る限り予防に配慮をしていきます。

人によってはたかがお仕置きですが、人によってはされどお仕置きです。
不要不急と思う人はいるでしょうが、人によっては必要不可欠なことでもあります。
そのことは当人しかわからないことですから他人がとやかくいうことではないかと思います。

メンタル向上、メンタル維持、メンタル修復の為に、そして自制や罪悪感排除のために。
辛かったり、悩んでいたり、鬱になりそうなくらい落ち込んでいたり、話を聞いてほしかったり、お仕置きでスッキリしたかったり、ストレスを吐き出したかったりと、大げさではなく人によってお仕置きは免疫力の維持や健康維持に必要不可欠な事でもあります。

お仕置きといってもしっかりと日常の話を聞くカウンセリング付きのお仕置きは、お尻を叩かれる以外の効果もあります。
人によってですが、生理周期が生まれて初めて整ったという人もいますし、不順だったのが正常になったという話もよく聞きます。
カウンセリングによって自分の生き方が変わったという人もいますし、日常生活が回るようになったという人もいます。
それくらい”カウンセリング+お仕置き”のセットは、人によってメンタルに良い影響を与えているのは間違いないことです。

本当に”されどお仕置き”ですよね。
ちまたにあるカウンセリングルームよりも効果があることもあります。
普通のカウンセラーには話せないお仕置きのことや自分の性癖や本当の姿、そういったことを曝け出せて本当の自分を解放できます。
だからこそメンタルが安定しやすいんだと思います。

恋愛関係でも利害関係でもない、依存しないように線引きをしている関係だからこそ全てを晒せることにつながるので、パートナー関係よりもそういう意味ではいい影響を引き出しやすいのかもしれません。
ここでのお仕置きは一種の啓発、一種の治療、そういう意味合いでお仕置きを捉えることができたら心も楽になって、お仕置きに対してもしっかりと自分と向き合えるのではないでしょうか^^

単純にお尻を叩かれることを好んでいるんじゃない、愛情を感じること、自分を曝け出すこと、自分の存在を認めてもらうこと、見放されない安心感を得ることなど、無意識で求めているものがあるはずです。
日常生活で欠如している(していた)ことだからこそ、非日常でそこを埋めて自分を満たしていきたいと欲求が膨らんでしまうんだと思います。

だからこそそれをお仕置きに求めてしまう、そういう思考回路になってしまっているんでしょう。
それでいいと思います、それが本当の自分で、日常では理解されないことが多いので隠すことは必要かもしれませんが、それを理解する人はいますし、それをそういう相手に吐き出すことは必要だと私は思います。

遊びでも娯楽でもない、自分の為のカウンセリングと思ってお仕置きを捉えるということは自分を納得させるためにも必要ではないでしょうか。
お仕置きに対しては恋愛でも依存でもなく、自己を見つめだして解放する場、そういう捉え方をしている人は私のお仕置きと合ってていると思います。
興味ある方はアクセスしてみてください。



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愛情あるお仕置きの愛情とは

家庭的なお仕置きでは、親から子への愛情のあるお仕置きという表現をよくしますが、その愛情とはどのようなものでしょうか。
愛情というのは相手を想う気持ちですが、それが一方的では成立しません。
愛情とは相手に伝わって初めて本当の愛情となるので、いくら相手に愛情があっても伝わらなければ逆効果です。
その場で伝わらなくても後で伝わればそれでもいいと思います。

愛情を伝えるにはまず相手の話をよく聞くこと、相手の言い分もよく理解すること、相手をすべて受け入れてすべて認めてあげることです。
その気持ちを理解した上でダメなものはダメと、相手が理解するように理由を説明して納得させることが大切です。
またその場の威圧的な雰囲気で、理解していないのに理解した振りをしてしまう場合があるのでそうならないように優しく確認も必要です。

あとは口調や言葉遣いも関係してきますが、このように接していれば相手のために親身になっているということが伝わり、愛情を感じられるはずです。
愛情のある家庭的なお仕置きでは、この要素は確実に必要で、これが不足するといくらお尻を叩かれてお仕置きされてもいまいち満たされないという結果になるでしょう。

これは一般的な子供の躾でも同じことです。
感情的に叱られてきた子は親との確執を未だに抱えているケースが多くあります。
話を聞いてみると親なりに愛情は持ってはいるようなのですが、それが本人に伝わってなく、自分は愛されていないと心に傷を持ってしまいます。

親としては愛情を持ってはいるようですが、愛情があるからそれでいいわけではありません、その愛情表現の仕方が間違っている、つまり愛情が本人に伝わっていないと子供は愛されているとは思わないわけです。
そういうケースの場合、本人に「親は間違いなく愛情は持っていたけど、その方法が間違っていた」とお話をします。
スパルタでも愛情がある場合が多く、愛情があるから厳しくしたり、突き放してみたり、他の子や兄弟と比較したりします。

「家を追い出すよ、どこかで拾ってきた子だ、何をやってもダメだな」などとあえて頑張って欲しいと願って言う親もいます。
優秀な成績をとっても褒めない親もいます、それはそこで満足してほしくないから、もっと上を目指してほしいという思いからですが、それも親にとっての愛情です。

私はそれを歪んだ愛情と表現していますが、相手を否定したり突き放すような言葉は人によっては愛情に感じる人もいますが、半面愛されていないと思う子もいるんですね。
同じ兄弟でも感じ方は違いますから一方が愛を感じて、一方は愛を感じないということもある話で、だからこそ躾というのは愛情を相手に伝えることをしなければ逆効果になってしまう事があるんですね。

もしその状況で体罰であるお仕置きをしたとしたら本人は虐待としか思わないでしょう。
だからこそそういう子は愛情のあるお仕置きを求めてしまうんだと思います、愛情や温もりを求めてなので必然なんでしょう。
そしてスパの家庭的なお仕置きも同じように、キーさんが愛情を受け取らないといまいち満たされないものです。

だからこそしっかりと相手の話を親身にしっかり聞くことや、お説教では悪い事の理由を説明して納得させることが大切で、それからお仕置きです。
そしてお仕置きの後のアフターフォローが仕上げで、愛情があって叱ったことを示して不安を取り除かないといけません。
叱られる行為というのは”もしかしたら見放されたのかもしれない”という不安がつきものですからね^^

自分の子供を叱る時は感情的になりがちです、冷静に躾として叱らないと子供は愛情を感じないで確執を生むことにつながるので、子育て中のママは要注意です。
特に教育に力を入れすぎているママはヒステリックになりがちなので気をつけないといけません。
万が一自分がコントロールできなくて暴走してしまった時は、後で抱きしめてあげることは効果的です^^

私はこういった視点でキーさんを見ているので、全てがうまくいっているとは思いませんが、相手を想う心を相手に伝わるようにお話をしています。
いろんな意味を含めて話をするので誤解が生じることはありますが、その場で伝わらなくても後で伝わる子もいます。
このような姿勢は今後も大切にしていきたいと思っています。



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支配と管理

前記事の管理されること という記事の中で支配と管理は似ているようで違いますと書きましたが、今回はそういったお話をしたいと思います。

人間に対する支配と管理という意味は同じ部分もありますが、まったく異なる部分もあります。
それは親と子供を例に挙げてみると分かりやすいかもしれません。

親は子供を管理するものです。
健康や食事、生活習慣はもちろんのこと、社会性を身につけさえるために教育や躾をします。
それは将来しっかりと自立し、社会に通用する人間に育てるために必要なことで、そういったことも含めて管理監督をするわけです。

しかしそれが支配だとしたら話が違ってきます。
支配とは自分の思うとおりに相手を束縛することで、それは自分の理想を押し付けるような躾となります。
もちろん生まれたばかりや自我が芽生えるくらいまでは完全な支配が必要ですが、自我が芽生えてからの支配は単なる押し付けや強要になってしまう場合があります。

学歴や職業にこだわり、自分が成しえなかった夢や自分が経験して後悔したことを子供にさせないようにするために支配しがちなんでしょう。
それが子供の意思であれば何も問題ありませんが、無理矢理子供に強要するということが問題なわけです。

そういう親は子供のことを思うからこそ強要する場合もあれば、単に世間体だけを気にして子供に強要する人もいます。
しかし子供にとってはそれは自分の人生とはいえません。
親に怒られたくない、叩かれたくない、機嫌を損ねたくない、見捨てられたくない、嫌われたくない、、、
そういう恐怖心があると親のいうことを聞かざるを得なくなってしまう心理状態になってしまいがちです。
しかしそういった人生を振り返ってみると自分のしたいことができてなかった人生に無性に虚しさを感じるものです。

管理というのは子供が一般社会で通用するような社会性を身につけさせるために管理監督すること。
支配というのは親のエゴで子供が納得していないことまで強要してしまうこと。
納得してなくても社会性を身につけさせるためには支配も必要なので、支配と管理は同じ意味合いな部分もありますが、やはり明らかな違いはあるんですね。

親子関係を例にとりましたが、人間を支配する、管理するというのは似ているようで違うものです。
キーやカーの関係性でも管理したり、支配したりということがあります。
管理というと生活の管理となりそれは親と子供の例と同じですが、大人が大人を支配するとなると相手が従属するわけで、従属するのは本人の意思でもあるのでそこは親と子供の例とは違ってきます。

大人になっての支配関係というのはSMの主従関係というのがあげられるでしょう。
支配というのはその中に管理も含まっていますし、絶対服従的な意味合いもありますしね。
そのような支配関係のキーさんとカーさんもありえますよね、それは家庭的な関係ではないキーさんとカーさんですけど、主従だからといってSMだ!というわけではないですからそれもありうる関係です。

その関係に関してはここ数年前からは映画の影響もあり、支配と従属の関係を「ドミナント」と「サブミッシブ」と英語での言い回しが一般的になりつつあるようですね。
「私はMではなくサブミッシブ」と訴える人が増えた気がします。

とうことで次回は支配者(ドミナント)と従属者(サブミッシブ)について分かりやすく書いてみようかと思います。



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管理されること

お仕置きを好むキーさんは基本的に管理されることを望んでいるものです。
それは悪いことに対してお説教をし、二度としないようにという意味も含めてお尻ペンペンのお仕置きをするわけですから、そこでカーさんとキーさんはこの悪いことに関しては管理する側とされる側になるからです。

管理しているからこそ今までの悪いことを把握しているわけで、また繰り返したらもう少し厳しくお仕置きをすることになります。
更に同じ悪いことを繰り返すようなら目を光らせてその都度確認したりしますから、それは結果管理なわけです。
管理という言葉が生々しいので、思わずそれは違うと感じたとしても、放任ではお仕置き関係は成立しないわけですし、一度お仕置きされたこととか約束したことをカーさんが忘れていたとしたら嫌な思いをするでしょうから、お仕置きを好むキーさんはある程度の管理を望んでいるということになります。

管理とは聞こえが悪いですが、子供は親の管理下にありますよね、そういう意味でも管理はお仕置きのセットのようなものです。
躾をするということは相手をしっかり見ているということであり、そういうことで愛情を感じて満たされるのが家庭的なお仕置きを好むキーさんでもあります。
お仕置きはされたいけど、その土台にはこういった管理されているという愛情が無ければ満たされないのがお仕置きを好むキーさんでしょう。

ただその中にも非常に強く管理されたいと思うキーさんもいます。
管理されていたり監視されていると思ったら約束をしっかりと守れる力が芽生えてきたりします。
自分の今日の目標を決めて報告することで、その目標を達成できる原動力になったりするようです。

また、約束をしたことが毎日できているかどうかの報告をすることで、自分の力だけでは怠けてしまうところにプラスαの力が働いてできるようになったり、出来ない日があったらそれについてはお説教されて後日お仕置きとなるので、改めて気持ちを引き締めたりもできるようです。

もっと管理されたい人は起床の挨拶から就寝の挨拶まで、すべての行動を報告してそれが自分の活力になったりするようで、こういう人は”管理下欲”がかなり強いんでしょうね。
ここまで行くと支配関係みたいな感じですが、支配と管理は似ているようで違うところがあります(そこら辺の話は後日記事に書きたいと思います)

私の活動でもそういう意味ではキーさんを管理しています。
もちろん日常的な管理ではなくお会いした時に、約束したことを持続できているか、悪いことを繰り返してないか、新たな悪いことは無かったか、ということを確認しているのでこれも管理です。

私の場合キーさんとはパートナー関係ではないので、日常的な報告などのやり取りは対応できませんが、お会いした時にしっかりと対応するようにしています。
一度した約束や反省内容、そして大まかな話は基本覚えていますし、そうであるからこそパートナーっぽくやり取りができているんだと思います。
まぁたまに忘れることがありますけど、そこは人間ですから大目に見てください^^;

それでも私は何人ものキーさんと接していますが、キーさんからしたら私だけという人も多いので、それなのに話したことを忘れていたり、違う人と間違えて話をしてまったらやはりショックですよね、そういうことがあったときは深く深く反省しますし、もしそういう事があったら遠慮せず怒ってくださいね^^;

で、管理されることに強い喜びを感じる人は稀にいますが、そこまでではなくてもキーさんは相応の管理を望んでいると私は思っています。
お尻を叩かれるというよりも自分のこれまでのいきさつをしっかりと知っていてくれなければその場限りのお仕置きとなってしまします。
こちらが相手のすべてを把握して、いい子とも悪いことも日常生活も把握しているからこそいい関係性が築けるのではないでしょうか。




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お仕置き観の変化

昔と比べて明らかにお仕置き観が変わったなぁと思うのは、最近の私のお仕置きは厳しすぎないようにしていることです。
昔はお仕置きレベルが”お任せ”という依頼であれば力いっぱい平手打ちをしてました。

まぁそこまで厳しいお仕置きとなるのは、とても悪いことをした時、同じことを何度か繰り返した時、反省していないと判断した時と
条件付きではありますが、その場合はかなり厳しくお仕置きをしていました。

また、キーさんに「他のカーさんの平手の方が痛かった」なんてことを言われたことがあり、その時以来そのようなことうを言う子には「俺の平手はどうだ!」と言わんばかりに相手を負かすような気持ちで叩いたりもしていました。

道具に関しても厳しく叩き、皮膚から血が出ないようにギリギリを基準とし、お尻が限界になったら太ももを叩くなど、痛さを追求したお仕置きでした。
そこまでしていたのは悪さの度合いに合わせてお仕置きレベルを決めていたこともありますが、相手が痛がっても躊躇しないでここまで厳しくできるということを相手に伝え、そこで甘え心を無くして反省させ、しっかりとごめんなさいを言わすように無言の圧力をかけていたこともあります^^;
恐らく昔にSMの世界でしてきたことの流れで、その部分は残っていたんだと今は感じます。

しかし今のお仕置きの厳しさの考えは、それなりに痛みを与えればいいと思っているので、思いっきり平手で叩いたりすることはほとんどありません。
道具に関しても強く叩くというよりも、そこそこの力で痛みを感じさせるような工夫をしています。
結果的にそれで反省できればいいですし、厳しすぎることで逆に反省できなくなったりするケースも見てきたので、厳しすぎるお仕置きはあまり意味がないと思うようになってきたんですね。

お仕置きの目的はお仕置き欲を満たすことですが、それと同時にしてしまったことを反省して成長することでもあります。
厳しく叩くことでお仕置き欲が満たされなかったり反省できなかったりしたとしたらそれは本末転倒で、相手の為のお仕置きにはなりませんからね。

逆に軽めのお仕置きでお仕置き欲が満たされたり、しっかりと反省して成長できるのなら、厳しいお仕置きは逆効果です。
どのような厳しさでお仕置きを受けたら欲が満たされ反省もできるのか、そこはキーさん自身にしかわからないところで、お仕置きを受けるたびに変化することもありますから、そこ部分は随時把握するようにしています。

そう思うようになったのは、何人かのキーさんから子供へのお仕置きであの厳しさは家庭的とは言えないとか、家庭的なお仕置きは平手で軽めに1回ぺちん!という感じ、
というようなことを言われ、なるほど確かに本当の子供だったらもっと手加減して叩くし、そういう気持ちを持ったキーさんであれば厳しいのは虐待的に感じるんだろうなと気づいたからです。

しかし人によってはかなり厳しくお仕置きをしてもらわないと反省した感じがしないという人もいます。
厳しくされた後のアフターフォロー時では解放感を得たり、天と地の差があるほどより満たされるものでもあるので、それで痛みを追及してしまう人は実際にいます。
また、いつもは軽めでも今回は厳しくしてほしいという人もいますし、その時の心境でふと厳しくされたいと思うことはあるものです。

でもその場合は私が昔のように力いっぱいの平手で叩いたり、ハードに道具を使用すればいいだけですからね。
厳しくなくなったわけじゃなく、要望があればいくらでも厳しくはしますよって事です^^
ただ、その要望も恥ずかしくてなかなか言えない人もいますから、キーさんは難しいんです(汗)

いくら私でもキーさんの頭の中身までは全て把握できません、それぞれがどのくらいの痛さでお仕置きしてほしいのかなんてわかりませんし、今日は厳しくしてほしい気分とか、今日は軽めにしてほしい気分とか、そんなことはわかりません^^;
なので、プレイ的にならないように、お仕置きが終わった後とか、その後のメールでとかで、お仕置きが軽すぎなかったか、厳しすぎなかったか、もう少し強くても我慢できそうか等の心境を聞いて、その人にあったお仕置きを模索するようにしています。

キーさんはお仕置き欲求があるので当然お尻を叩かれたいのですが、お仕置きが嫌という前提で家庭的なお仕置きが成り立っているので、お仕置きされたいけどお仕置きは嫌だという複雑な心理面があるんですね。
なのでお仕置きの厳しさをキーさん側から要望するというのは本来言いにくいことなのですが、そこを私が言いやすい環境を作って、できるだけ欲を満たし、ついでに反省させ成長できればと考えています。

お仕置き欲から解放されてキーを卒業したい方、お仕置きを受け入れて楽しみたい方、罪悪感を薄めたかったりしっかりと反省したい方、ボロボロに罰されたいというイメージがある方、ただただ叩かれたい方、、、
キーさんと言えど様々いるのですが、そういうものを満たすには自分に合ったお仕置きを受けることが一番ですから、恥ずかしがらず、自分の理想のお仕置きを言ってみることは大切だと思います。

最後に。
私の今のお仕置きの厳しさが物足りないのであればいくらでも強烈にできますからね、そこはご安心を(笑)
厳しいお仕置きと要望してくれればいくらでも厳しくはしますから^^
厳しくという要望が無ければ昔のような厳しすぎるお仕置きはしません、それが私の”家庭的なお仕置き”のスタンダードということです^^
といっても痛いのは痛いはずですよ(笑)




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善悪の価値観

お尻ペンペンのお仕置きをするときにはそれなりの理由というものがありますよね。
もし理由が無いとしたら、それはただのお尻叩き(スパンキング)であり、それを”お仕置き”とはいいません。
そもそもお仕置きとは何かしてしまったことに対する罰ですからね^^

私の場合は当然のことながら悪いことをした時にお仕置きをしています、要望があれば別ですが、理由が無ければお仕置きをすることはありません。
それは私には叩きたいだけの欲求というものはないからで、このお仕置き活動をしているのは、悪いことをした人に対してそれ相応の苦痛をもって罰したいという欲求があるからなんです^^;

そしてそのお仕置き理由となる善悪の判断ですが、これに限っては私の価値観だけでは考えないようにしています。
というのは、私の価値観でお仕置きをしてしまっては、私が気に食わないからという理由でお仕置きをするということも出てくるでしょうし、一般的ではない私独自の信念や考え方もあるので、そういったことを強要すべきではないと思っているからです。

そういった私の価値観に合わせて体罰をもって強要したら、相手は納得はしないでしょうし、そうであるならそのお仕置きは虐待のようになってしまいます。
もっといえば自分の意のままに操れる奴隷のような感じにもなりかねません^^;
なので私は人をお仕置きするときはその事案を客観的に見つめ、第三者的な目で判断するようにしています。

私の悪い事の基準は世間一般の常識的な事、法律や規則違反、マナー違反、協調性に欠ける行為や相手を不快にさせる行為などです。
その他には自制の問題で、目標を決めたのに達成できないことや、何かしらの罪悪感を感じていることについてです。
ただ、これらのことについてもお仕置き理由としないこともあります。
それはある一部の事項に関してですが、しっかりと自分の考えを持ち、様々な弊害も理解したうえで自分の信念で行動している場合です。

そうはいってもお仕置き逃れの為に本当はそう思っていないのに流れで「私はそれでいい」と口走ってしまう子はいるんですよね^^;
まぁそういう子には一つ一つ逃げ道を無くしながら詰めていき、「本当にそれでいいのか、それならそれでもいいんだよ」と引っ込みがつかないような雰囲気で一言いうとほとんどの子は降参しますけどね(笑)

しかし善悪の価値観って難しいものです。
国によっても違いますし、日本ならではのものや地域によっても違いますしね。
そういったことも考えた上で相手が納得するように、自分の価値観だけに頼らずに善悪の判断を心がけています^^



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痛みが怖いキーさん

お仕置きにとっても憧れがあるキーさんでも、実際に痛みが怖くて体験する勇気がでない子はかなり多くいるようですね。
まぁその前に未知の世界に飛び込む勇気というものがいりますから、それも含めるとかなり高い壁となっているんでしょう。
確かに動画を見ると、それこそやりすぎなものもありますし、真っ赤なお尻を見ただけでも、未経験の痛みに恐怖を感じて踏み込めない子の気持ちはよくわかります。

私のサイトにある”お仕置き後の感想”を例に挙げてもかなり痛そうですよね。
でもそれは痛くないお仕置きはないわけで、軽めでも軽めの痛さはあるし、超厳しめはそれどころじゃない痛さだし、それを文章で見るとどっちともかなり痛く思えちゃうだけなんですけどね^^;

そもそもキーさんは自分が想定していないような痛みまでは求めていないし、でも痛くないとお仕置きにならないし、という葛藤があるものです。
その中で耐えてこその許しがあり、だからこそその後のアフターフォローがより心地よく感じるものです。
キーさんは自分の”妄想”の中ではピンポイントな痛さを調節できるので、怖がりの子は実際も痛さを自分でコントロールできるのならお仕置きの体験に踏み込めんでしょうね。

私もそういったキーさんの要望に添えるようなお仕置きは心掛けてはいます。
なので実際の私のお仕置きは、その人に合わせた痛さのレベルでお尻を叩いています。
まぁ、サイト立ち上げて数年は自分基準で妥協は許さないという感じでしたが、最近はキーさん基準でのお仕置きをするようになりました。
なぜかというと、これまで活動をしてきて、それがキーさんの反省や成長に確実につながると分かったからです。

悪い事だからといって本人が望む想像以上の痛みを与えても、それがかえって反省できなかったり、お仕置きから逃げるようになって改善すらしなくなったり、悪い事の罰を受けなきゃという謙虚な気持ちもなくなってしまったりします。

前にもブログに書きましたが、人によっては親から子供に対するお仕置きは、軽めにお尻を一回「ぺチン」と叩くというイメージの人もいます。
そういう人にはそれがその人の成長のためのお仕置きで、それは本人がしっかりと罰を受けたという気持ちになり、前を向けるからです。
仮にそういう子に厳しいお仕置きをしたとしたら反発心しか芽生えないでしょう。

逆にとことん痛みを感じさせてくれないとお仕置きと感じないし、反省した気がしないという子もいます。
これは痛み追求型のキーさんですが、そういう子には軽いお仕置きでは物足りなく、モヤモヤが残ってしまいます。
それと痛みに関していうと、人によって皮膚の強さ、痛みの感じ方が違いますから、普通レベルのお仕置きでも私の叩く強さは一定ではなく、キーさん側の痛みの感じ方で叩く強さを変えています。
それはお尻の皮膚の具合や、本人の痛みの訴えによって調整しています。

そうやってレベルを判断していますから、当然何も反応がないとどんどんと厳しくなることはあります^^;
なのでそうなりたくない人はしっかりとアピールしましょうね。
ただ、それで判断してますから過剰に反応すると、痛みを追及するキーさんには物足りなくなりますから、そこも逆に注意です(笑)
ま、私は叩きたいだけの人ではなく、相手の反応を見て”よし”とするタイプなので、意味なく厳しくする必要が全くないからできることかもしれませんね^^

キーさんのお仕置きに対するイメージは本当にいろいろあります。
そして私の所には様々なキーさんがくるので、そこの部分をしっかりとカウンセリングをして、その子自身にあったお仕置きレベルを最初は手探りですが、それを何回かに分けて作り上げています。

もちろん実際のお仕置き時にそんなことを打ち合わせしていたらそれはイメージプレイ的なお仕置きとなってしまいますから、そこはメールでしっかりと気持ちを聞いたり、最初の雑談時にさりげなく聞いたりして、お説教が始まったらそういったことは微塵も出さないように心がけています。
それがやらせやプレイっぽくない、ガチのお仕置きの雰囲気づくりでもあるんですけどね^^

まぁそういうことで、痛みが怖くて踏み込めない人には少し安心材料になりましたかね?
特に初めてのお仕置きには、スキンシップも含めて、痛みの強弱にも、かなーり気を使っていますから、痛すぎて怖いということはないですから、そこはご心配なく^^




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依存と恋愛感情

質問があったのでその件で書いてみたいと思います。
質問の内容がかなりその子たちのプライバシーに触れるような内容だったので、ここはQ&A形式ではなく、ブログとして取り上げてみたいと思います。

あるキーさん(Aさん)の友達のキーさんは、パートナーと会っているうちに恋愛感情を持ってしまい、そのカーさんが複数のキーさんと会っているのを聞いたりすると、凄く悲しくなって、自分だけのカーさんでいてほしいと思い、嫉妬で苦しんでしまうそうです。
Aさんにも大好きなパートナーさんがいて、大好きだけど恋愛感情とは違うと自分では思っていて、それでも依存はしている気がしているそうです。

その事を友達のキーさんに話をしたら「依存と恋愛感情はどう違うの?」と言われたそうで、「カーさんのことが好きなら恋愛感情じゃんと」言われたそうです。
そういうことがあって、私に「依存と恋愛感情は同じものだと思いますか?」ということを質問してきました。
カーさんとの関係性で、恋愛感情を持ってしまって苦しんでいる人、依存してしまって病んでいってしまう人、恋愛だか依存だかわからなくなっている人って結構いますし、相性の合うパートナーであれば、いずれそうなってしまう人は多いような気がします。

しかしはっきり言って恋愛と依存は違います。
恋愛して依存してしまう人はたくさんいますが、恋愛感情が無くても依存はしてしまうことはありますよね。
母親に依存してしまう人、同性の友達や、いつもアドバイスをくれる同性の知り合いに依存してしまう人はいるのですから、そう考えると恋愛と依存は同じではありません。

ただ、異性の人に依存してしまうとはたから見たら恋愛感情を持っていると思われるでしょうし、依存相手にも恋愛感情を持っているのかもしれないと思われてしまうことはあるでしょう、そして実は自分でもよくわからなくなる、ということもあります。
なので、自分自身で恋愛感情はないと言い切れるのであれば、誰がどう思おうと恋愛感情はないんだと思います。
しかしいずれそれが恋愛感情に変わるということは異性間ですから当然あることですけどね。

依存について私は、”悪い依存”と”良い依存”があると思っています。
普通の依存というと悪い依存ですよね、その事に囚われ、日常生活もうまく回らず、その人のことばかり考えて気持ちが落ちこむ、これはマイナスです。

しかし良い依存は一緒にいることによって成長してプラスになれる、そしていずれ自分から離れて行けるようにしっかりと自分に自信をもって自立していける、その自立までの一方的な依存です。
依存しあっていては自立できませんからね^^;

親との関係を取り上げてみると、生まれた時は100%の依存ですが、成長するにつれて依存度が低くなり、自立したら親元を離れて依存関係じゃなくなる、それが良い依存です。
しかし親も子もお互いに依存しあっている、または子供が依存し続けている状態であれば、いつまでたっても自立ができない、これは悪い依存ですよね。

私はこの活動において、私の考えているキーさんとの関係性があります。
それは、一番に悪い依存関係にならないようにということを念頭に置いているということです。
私との関係で相手が悪い依存になってしまうのであれば相手は苦しいことですしマイナス要素です、そしてそれによって私は自分の接し方について必ず後悔しますから、そういう危険性があるような子には必ず忠告をしています。

カー側は立場上、相手を依存させていくことは比較的容易ですからしっかりと線引きをしておかないといけないのですが、そこの部分はキーさん側からどうにもできませんよね。
そういうこともあって、パートナー関係はとても難しいわけです。
パートナーになれば、相手をもっと知りたい、もっと近づきたいというのは恋愛以前に人間の欲求ですが、近くなりすぎると悪い依存になったり、恋愛感情に移行したりしていくものです。

もしパートナーさんを作るなら、そこは自分が傷つかないように、悲しくなったり虚しくなったりならないように、しっかりと線引きだけは持っていた方がいいと思います。
最初はお仕置きへの憧れだったのが、いつのまにか男女間の依存の心地よさを求めてしまっている人は多く、そういう人はなかなかスパから離れられません。

それはお仕置き以外の、依存ならではの心地よさを求めてしまうからです、しかしそれは悪い依存という、自分にとって最悪な結末に向かっていくだけのものですから、そこは各自しっかりと理解した上で線引きし、相手との関係性を深めていってほしいと思います^^



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キーさんとの関係性(支配欲、管理欲)

前回の記事で、私自身の中で管理や支配をしている部分があるということを書きましたが、そこに関してもう少し書いてみようかと思います。

私には支配欲というものがありますが、その支配欲は相手を意のままに操るということではなく、その人の行動や心を把握して管理したいというようなことです。
その上でしっかりと自分の人生の選択をさせ、その人の人生を歩んでもらいたい、そしてその姿を見届けたいという思いがあります。

例えば、子供を支配しすぎてしまう親はいますが、その支配とは違います。
親の支配のし過ぎというのは子供の意思を尊重せずに自分の言いなりに育てるということで、それは子供の人生ではなく、親の人生です。
親は子供のためにと思ってしていることですが、本人が人生においてやりたいことをしなければそれは他人の人生です。
もちろん社会になじむためには躾や知恵は必要ですが、それは主観であってはならず、あくまでアドバイスにとどめておかないと子供の人生とはいえません。

それと、この活動は家庭的で親から子へのお仕置きをコンセプトとしていますが、本当の親子関係のような管理というだけではなく、全てを把握しておきたいという思いもあるんですね。
全ての把握とは、友達にもいえないことであり、親にもいえないことであり、つまり世間的に封印している心の部分の把握です。
初めてのお会いした時のカウンセリングではそういった心の中身も話してくれる方がほとんどです。

その人自身の全てを把握し、これからどのように人生を選択していくのか、そして間違ったことをしてしまったり、間違ったことをしようとしているときに、指摘し、叱り、アドバイスし、その上で選択肢を与え自分で決めさせたいと思っています。
それだけではなく、悪いことについてはお仕置きをして反省させ、結果成長をさせる、ということを目的としています。

そういった支配欲や管理欲をもともともっているので意識したわけじゃないのですが、そこがキーさんと相性があって今に至っているんですね。
まぁ、そもそもがお尻を叩きたい欲求でスパの世界にいるわけではなく、懲らしめの方法としてお尻ペンペンが最善で、それとそれを求めてりうキーさんとマッチングしたというだけのことです。

だいたいのキーさんもお尻を叩かれたいだけでお仕置き欲があるわけではなく、悪い事があって、お説教され、お仕置きされ、その後に許しがあって甘えられるという一連の流れの中でのお尻叩きであって、根本は愛情を求めているわけです。
そういう意味では私もキーさんも、お尻を叩く、叩かれるだけという単体の欲求ではないということですね。
もちろんキーさんの中には単にお尻を叩かれることだけを求めている人はいますから全てのキーさんとはいえませんけど^^;

まぁ簡単に書きましたが、私は相手の全てを把握して、その上で人生を応援したい、という関係性でありたいと思って接しています。
そのために親身になって心情を理解し、個性に応じてアドバイスをし、成長につなげたいと思っています。
どんなに悪い事でも、どんなにだらしないことでも、どんなに恥ずかしいことでも、世の中に一人でも把握している人がいれば、それが自分の人生を生きているということにつながります。

本当の自分、ありのままの自分、そういった姿を誰にも知られずに一生を終えたら、それは虚偽の自分であって、本当の自分を知っている人は誰もいないということになりますよね。
でも全てを把握する人が一人でもいたとしたら、自分の人生を実感できることにつながります。

私は相手のありのままを知った上で、良いことも悪いこともすべて把握し、直すべきは直し、反省すべき点は反省させ、その上でお仕置きすべきことはお仕置きをする、それが支配することでもあり管理することでもあるので、キーさんとはそういう関係でありたいなと思っています。



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叩きたい欲求?

スパの世界では、カーさんはお尻を叩きたい人、キーさんはお尻を叩かれたい人と解釈されていますよね。
その解釈はそのまま当てはまる人もいれば、条件付きでなら当てはまるという人もいます。
条件付きというのは反省理由があればという条件です。

たまにキーさんが「お仕置き無しでも行っていいですか?」とか聞かれるのですが、その時には「お仕置き無しでも全然構わないよ」と返答するのですが、そうすると「叩けなくても大丈夫なんですか?」
と聞かれることがたまにあります。

おそらく私のしていることはカーさんそのものだから、”叩きたい欲求が満たされないけどそれでもいいんですか?”という意味で聞いてくるんでしょうね。
ただ、私は罰する理由があるからこそ、その罰としてお尻を叩きたくなるわけで、理由が無いのであれば叩きたい欲求は無くなります。
叩かなくても何も問題がないタイプだし、お尻にこだわっているわけでもないので、そういう意味ではカーではないんでしょう。

私は理由なく叩くことには興味はなく、叩く叩かない以前に相手の心の中身を知ることに興味があります。
心の中身を知ることが一番の欲求であり、その中で罰が必要だと判断した時に、お仕置きしたい衝動が発動するんです。
だから真剣に話をしてくれる人には全力で親身になれますし、お仕置きが無くてもそれはそれでよしとできるんです。
もちろん理由が無いけどお尻を叩いてくださいという人はいますから、そういう人にはその人のために叩いてあげますけどね^^;

人は誰しも他人に言えないような悩みであったり、反省内容であったり、自制できないことであったりっていうのはあるものです。
それは人の心の中には必ず存在していて、そういった話を聞くと、それについてアドバイスをしたくなったり、一緒に最善策を考えたりしたくなるんですね。

これは私の性格なので、私の生き方がちょうどカーさんという型にしっくりとはまっているんだと思います。
そして仮にこのような心の交流がないのであればこの活動に魅力を感じませんから、やはりこの活動をしているのは叩きたい欲求ではないんですね。

そして、悪い事が発覚した場合でも”叩きたい欲求”とは微妙に違って、悪い事の代償として”懲らしめなければならない””罰さなければならない””償わさなければならない”というお仕置き欲求が出てきて、それがお尻ペンペンのお仕置きという形になります。
まぁ欲望的に表現すると悪いことをした子を懲らしめたくなるんですけどね^^;
もちろん虐待的とか、強制的にとか、無理やり押さえつけてではなく、反省して二度としないようにという意味で冷静に諭すようにお説教をし、キーさんの需要に合わせたお尻叩きのお仕置きをしているんです。

悪い事に対してはしっかりとお尻ペンペンで反省してもらって悪い事を清算させたい、その子の成長のためだと思ってお仕置きをしています。
その気持ちが愛情表現であり、そういう気持ちがあるからこそキーさんは、自分のためだけに真剣に向き合ってくれてると感じるんだと思います。
そう心で通じるようにお仕置きをしていますけど、全ての人に届いていればいいですけどね^^;

ある意味その人自身が間違った方向に行かないように私自身の中で管理や支配をしている部分があるので、お仕置き欲求というよりも、支配欲、管理欲という表現が正しいのかもしれません。
管理、支配についてはまた次回でも記事にしたいと思います。


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平手のお尻ペンペンの魅力

スパのお仕置きでは平手でのお尻ペンペンが王道ですよね^^
殆どのキーさんは平手を欲していますし、逆に道具のみでお仕置きをされたいというキーさんには私は出会ったことはありません。

道具好きなキーさんはもちろん多いのですが、それでも最初と最後は平手でっていう感じです。
当然ながら平手のみしか嫌だというキーさんもいらっしゃいますしね。
まぁそこがスパの家庭的なお仕置きであってSMとは違うところかもしれません。

どうしてこんなに平手に魅力を感じるんでしょうか。
それは幼少期に目にしたアニメや絵本などのお仕置きシーンが平手でのお尻ペンペンあることが理由の一つでしょう。
それと平手というのは体の一部なので当然体温を感じるし、痛いながらも温もりも感じるものです。

道具はというとこれは単なる無機質な物体であり、いくらでも強く叩けるし叩いている方になんのダメージもありません。
でも平手は強く叩けば叩くほど叩いている方も痛くなります。
痛み分けというわけではないですが、叩いている方にもかなりのダメージがあり、そうだからこそ相手のために真剣に向き合ってるというメッセージにつながっているのかもしれません。

私も力を入れて叩く場合はさすがに手が痛いです^^;
もちろん日々叩いているので、手の皮は厚くなり、痛みはかなり軽減されていますが、強く叩けば手は腫れます。
その証拠に強く叩いた後は外した指輪が入らなくなりますからね^^;

私は痛いのは嫌いですが、悪い子を懲らしめるために、悪い事の清算のために、罰を受けて良い子になるために、このような想い(愛情)を持っているからこそ痛いのを我慢して平手で叩けるんだと思います。
言い過ぎですかね(笑)

まぁ私に限らず、一般的に平手のお尻ペンペンにはそういう思いが自然とあふれ出ているからこそ無意識に魅力を感じるのではないでしょうか。
平手でもあまりにも強く叩きすぎたり、無理矢理押さえつけたりすると、虐待っぽいお仕置きになります。
なのでそこは注意して、ほどほどの力で叩くことが家庭的なお仕置きには大切なことだと私は思っています^^



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SM的なお仕置き 続き

前記事の続きです。
性的な事がない精神的なSMのお仕置きの雰囲気は簡単に作れるというところまでお話ししました。

前記事と重複しますが、家庭的なお仕置きだとしても、人によってはケインを使うとSM的な感じがする、ケインは平気でも鞭を使うとSM的な感じがする、ベルトは家庭にあるものだから家庭的なお仕置きとして平気な人もいれば、ベルトを使うとSM的に感じる人はいます。

つまり、それだけでもSMの雰囲気を作れるわけですから、SM的なお仕置きの雰囲気へ持っていくのはまぁ簡単なことですね。
ケインや鞭やベルトといった道具に関しては人によって感じ方は違いますが、もう少し踏み込んだ雰囲気づくりをすれば、虐待的、屈辱的な雰囲気は演出できます。
例えば頭や体を軽く踏みつけながら叩くだけでも家庭的なお仕置きからSM的なお仕置きになります。
髪の毛を軽くつかんで叩くのも家庭的ではないですよね、SM的なお仕置きです。

体を縛って叩くのもそうですし、手を上に吊るしてみたり、大の字にはりつけのようにしてみたりしてもSM的な雰囲気になります。
また、タオルで口を封じたりしながら叩いたりもSM的だし、背中を鞭で叩いたりしても虐待的で屈辱的な雰囲気は味わえるでしょう。
全身拘束して身動きが取れないようにしていたぶるような感じでもいいでしょうね。
その付属品として、結束バンドや手錠、麻縄などで拘束したり、鉄の鎖を巻き付けたりでも演出できます。
更には恐怖心をあおるような道具をちらつかせるというのも視覚的に効果的です。

ちょっと怖い感じになってしまっていますが、これはただの雰囲気づくりなので叩くのも軽めで十分ですし、踏みつけたり髪の毛を引っ張ったりするのも軽めで十分です。
プレイ的にはなりますが、雰囲気を味わうという趣旨でのものなので、ハードである必要はありません。

叩くのはお尻を出すだけでも十分ですし、このような感じで演出すれば、性的な事が介在しないSM的なお仕置きになります。
拷問的でも折檻的でもあり、恐怖、屈辱、被虐感を感じることができるでしょう。
道具に関しては私の場合、過去の経験から安全性は熟知しているのでそこに配慮しながらできますが、あまり知識のない人が縛りをしたりすると、指先にしびれが残ったりという事故もあるので要注意です、安全性の確保が一番の大切なポイントですからね。

このようなことにちょっと興味のある人や一度経験してみたいという人は、雰囲気だけでも演出することはできますからその場合は自分の口から言ってください^^
あくまで何も言わなければ私は家庭的なお仕置きしかしませんからね、要望がない限りSM的なお仕置きはしませんのでそこは誤解のないようにお願いします^^;




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SM的なお仕置き

キーさんは家庭的なお仕置きを好む人が多いですが、中にはSM的なお仕置きを好む人もいます。
また、家庭的なお仕置きを求めている人の中でも、その時の心境や欲求によってはSM的なお仕置きを体験してみたいと思う人もいます。

SM的なお仕置きといってもどういうことを指すかとなるとなかなか難しいところですが、私の中で区分けしているのは、家庭的なお仕置きはスタンダードな親から子へという感じのお尻ペンペンのお仕置きで、SM的なお仕置きは虐待的であり、それは精神的に虐待や屈辱に感じるようなお仕置きということです。
もちろん人によってはケインを使用しただけでSM的(虐待的)と感じる人もいますし、特に鞭やベルトはSM的に感じるからNGというキーさんは多いので、人によってはそういった道具を使用しただけでSM的なお仕置きとなるんですね。

一般的にSM的な事は性的な事と解釈されるようですが、性的な事を目的としないSMは存在していて、過去に私がSMの世界にいたころは、最終的に性的ではない精神的なSMを好みました。
SMだからといって裸にする必要性もなく、服を着たままでも虐待的や屈辱的に責められれば満足なわけです。

今のSMの殆どは、裸にしての快楽責めとか羞恥責めがメインになっているので、SMはそういうものだと誤認識してしまう人は多いと思いますが、そうではない精神的な部分だけのSMもあるんですね。
性的なことを望まない精神的なSMに興味のある人にこういった話をすると、願望はあっても言い出しづらかったとか、そういうSMもあることにびっくりする人は多いです。

ただ、性的でないSMをしてくれる相手を探すことがかなり難しいことでもあります、それは男性は性的な事を目的としている人が多いからです。
性的な事を完全に抜きにして、神妙な雰囲気で罰されたい、ボロボロにされてみたい、苦しい思いをしてみたい、精神的に追い詰められたいという願望を持っていてもSMとなると性的な事がセットなので踏み込めないでいる人は多いようです。

私の場合のお仕置きはブログやサイトで書いてある通り、スタンダードで親から子への家庭的なお仕置きがコンセプトですが、要望があればSM的な雰囲気は経験上簡単に作れます。
なので、そういう願望がある人にはSM的な雰囲気を作ってお仕置きをしたりしますが、どのように作るかというお話しは長くなりそうなのでまた次回に持ち越します^^;

ま、あくまで私のお仕置きは家庭的なお仕置きで、要望がないのに虐待的なお仕置きはしていませんから誤解のないようにしてくださいね^^;
要望があったら雰囲気は簡単に作れるっていう事なので。
といっても本格的なSMからしたらお遊び程度の雰囲気でしょうけどね^^;



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キーさんの不安

キーさんが悪いことを白状するときにどうしても気にしてしまうのは「嫌われるんじゃないか」「呆れらるかもしれない」という不安要素です。
それは反省内容が深刻であればあるほど、また同じことを繰り返せば繰り返すほど、自分のことを嫌になって見放されてしまうかもしれないと考えてしまいがちです。

これはキーさんに限らず一般的にもそうであって、むしろスパの世界だからこそ白状できるのであって、一般社会ではなかなか自分の悪い所を白状することはできませんよね^^;
そういう意味ではキーさんは自分に正直で、いくらお仕置きに憧れているとはいえ、しっかりと自分を見つめて反省し、成長につなげようという気持ちがあるので、とてもいいことだと思います。

ただ、そうはいっても本当に悪い事だと相手に嫌われるんじゃないか、お仕置きで反省しても何度も同じことを繰り返すと呆れられるんじゃないか、こんな私なんか見放されちゃうかもしれないと思って正直に言いづらいというのは当然のことだと思います。
それはこれまでの人間関係で何か悪いことがあったら親や先生に見捨てるような発言をされたり、嫌うような態度を取られたり、友達と喧嘩になったり、またはいじめられたり、その場の空気が悪くなったりと、そういう経験で段々とそういったことが言えなくなっていくこともありますね。

そしてお仕置き相手に実際に白状したら引かれてしまったり、怒ってしまったり、呆れられたりした経験を持つキーさんもいます。
本当にガチの悪い事を白状したら離れていってしまったというケースもありました。
まぁ私はそれを聞いてかなりびっくりしましたけどね^^;
それならそもそもキーとカーのお仕置き関係なんて成立しないと思いますし、本当に悪い事こそしっかりと叱ってお仕置きが必要なんですからね^^;

私の場合はどんな事案でも引くことはありませんし、嫌いになったり、呆れたりということはしません。
悪い事なら悪いことほど私は”よくぞ言ってくれた”とその勇気に感心するくらいですし、こういう表現はふさわしくありませんが、そういうことほど言ってくれたことに対してはとても嬉しく感じるんですね(だからといってお仕置きの免除はしませんが)

2回、3回と会う回数が増えることによって親近感も増して、これまでは正直に自分のことを話せたのに、だんだんと自分をよく見せようとしたり、悪い部分を見られたくないという思いが強くなっていくのはしょうがないことですが、それでもここの空間は自分のすべてをさらけ出して反省するところであって、そのためには何を聞いても引かない、見放さないという空気を作ることは重要だと私は思っています。
だからどんなに悪いことでも、どんなに繰り返しても、それでもしっかりと言うようにということは相手に伝えるようにしています。

もちろん何度も繰り返して自分で直そうという気持ちがない人や、聞く耳を持てない人、前を向こうとしない人には、それはその人の生き方の自由ですからそういう人には私は何も言いません。
それを見放すことと言われればそうかもしれませんが、私は人それぞれの生き方がある中で、その生き方までは強要することはしません。
だからいくら説明してもそれがその人の信念であれば私が忠告することでもなく、それはそれでその人の生き方として尊重します。

それでも、その場だけでもしっかりと自分を律したいと思う気持ちがあって、直したいという前向きな気持ちがある限り私が見放すことはありません。
たとえ次の日に同じことを繰り返しても、お説教して納得したのに何十回も同じことを繰り返しても、同じようにお説教をして同じようにお仕置きを繰り返すだけです。

なので、私のところに関しては成長したいという気持ちがある限りは絶対に見放すことはありません。
私もよく言われるのが「嫌いになった?」「呆れちゃった?」という言葉ですが、この言葉は非常に嫌いです。
悪いことをしてしまったり、それを繰り返しただけで嫌いになったり呆れてしまうような相手だと思われている事が嫌なんですね^^;

自分自身の意思で直そうと思う気持ち、自分律する気持ち、成長する気持ち、前を向く姿勢があればどんなことをしても、どんなことを繰り返しても私はその気持ちを評価しているので嫌ったり呆れたり、ましてや見捨てることなんてないです。

私のところに来るキーさんにはそういうことを理解したうえで、全てをさらけ出して打ち明けてほしいと思います。
自分のパートナーさんに嫌われるかもしれないから言えなくて私のところにお仕置きを受けに来る子もいます。
私のところは最終的に全てを言える場所であって、ここで言えないことができてしまったらまた他の最終居場所を探さなくてはなりません。

自分の居場所を汚すことのないように、そして悪いことを告白することへの不安感はここでは無用です。
そういうものを吐き出してこそのお仕置き関係ですからね^^
不安はなくしてくださいね。



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スマホ依存のお仕置き

最近スマホがやめられないという理由でのお仕置きが増えています。

スマホで何をしているかというと、ゲーム、YouTube、お仕置き関連、小説、動画、ツイッターやライン、インスタなどが主ですが、どうしてもだらだらとみてしまって自制できないようです。
YouTubeでは動画が終わってもそれに関連する動画が出てきてしまってついつい見てしまいますよね。
それがYouTube側の戦略なのでしょうが、やっぱり気になって見てしまうものです。

ツイッターやラインも今やらなくてもいいはずなのに、普段から使用していると癖になってしまい、何かやらなければならないことがあってもそこから逃げたい時などについ見てしまうようですね。

ゲームに至ってはテレビを見ながら、誰かと話をしながら、というひどい依存体質の人もいて、そこまでじゃなくても暇さえあればゲームをしている人もいます。
これもゲーム会社特有のゲームをやめさせないようにクリアしたら報酬があるというような、ある意味罠にはまっているわけですね^^;

あとはキーさんならではですが、お仕置き小説や動画などをつい見てしまい、落ち着くまで気に入ったシチュエーションのものを探して時間を費やしてしまうこともありますね。

まぁとにかく勉強や課題、片付けや面倒な事などがある時にはついスマホに逃げてしまって、結局やらなければならないことがおろそかになってしまいます。
特にお仕置き欲がピークの時はやらなければならないことが手につかず、お仕置きの事ばかり考えてスマホをいじってしまうこともあるでしょう。

結局は自制の問題ですから、私の場合はそういう子にはお説教の際にどのように対策をしていくかを具体的に取り決めをし、その人に合った方法を探る作業をしています。
高い目標ではなく、これくらいならできるというようなものをしっかりと決めて、その後にお尻ペンペンのお仕置きをしています。

今までの自分のやり方ではちゃんと自制できないので、これからは取り決めをしてやり方を変える。
その上で罰としてのお仕置きですから、その場ではしっかりと反省し、気持ちが切り替わるものです。
殆どの人はお仕置きによって自制できるようになるのでお仕置きはとても効果があると感じます。
といっても1日だけしかできなかったという人もいますし、3日坊主や1週間しかできなかったなど、持続する人は少ないですけどね^^;

それでもお仕置きによって数日でも改善できたのならそれは効果ありということになります。
もちろん自分で決めたことが実行できなかったことに対しては再度お仕置きです。
繰り返したとしても、私の場合はケースバイケースですが、更に厳しくといったお仕置きは極力しないようにしています。

自制の問題でのお仕置きは、あくまで自制ですから、自分の為であってそれは結局自分の力で何とかしないとどうにもなりません。
お仕置きをしても、そしてかなり厳しくお仕置きをしたとしてもしっかりとした気持ちが無ければ続きません。
なので、人によっては厳しくはしますが、基本的にはお説教で本人のやる気を出して毎回同じ程度のお仕置きを繰り返しています。

何度も繰り返す人は普通にいますが、私はその都度別の対策を決めていき、その上で同じことをお説教し、同じようにお仕置きをします。
何度繰り返したとしても私が呆れてしまったり、見放したり、嫌いになったりということはありません、そういうことを心配して嘘をついた子は中にはいますが、そんな心配は無用です、自分を変えたいという気持ちがあれば私はそれでよしとしているわけですからね。
なので私は何度繰り返しても素直にいえるような雰囲気づくりもするようにしています。

とにかく、スマホ依存及び予備軍の人は一時的でもしっかりと自制できるようにお仕置きは必要でしょう。
将来のことを考えたり、少し先のことを考えたら本当にやらなければならないことは今やらなくてはならないんです。
今を逃してしまったら夢や希望、志望や目標など、達成できなくなってしまうという危機感を持たなくてはなりません。
そういった意味でもしっかりとお説教とお仕置きを受けて気持ちを切り替える事は大切です。

1人ではなかなか自制できない人、おそらく一人ではもう無理だと思います。
第三者と約束をしたり対策を練った上で、しっかりとお仕置きを受けて反省し、未来の為にスマホ依存を改善していきましょう。




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軽めのお仕置き

最近の私のお仕置きは、例えどんな悪い事であったとしても”軽めのお尻ペンペン”も有りだなぁと思うようになりました。
それは厳しくすると逆に反省できなくなるタイプもいることを今更ながら知ったからです^^;

通常は厳しくしないとしっかりと反省できないというタイプが多いのですが、それはその人の理想とするお仕置きということもあるんですね。
怖いし痛いから嫌だけど、そうしなければ反省できない、罪悪感を払しょくできない、お仕置きを受けた感じがしない、耐えるからこそお仕置きが終わった時に満たされ感につながるという感じで、ある意味その人が求めているものでもあるわけです。

逆に、自分の理想のお仕置きが優しく軽いお尻ペンペンという人もいます。
そういう人は、実際の子供のお尻を叩くのに厳しいお仕置きはあり得ないからという理由があるようです。
例えば家庭的なお仕置きのイメージは、軽めに平手で10回とか、極端にいえば軽くお尻を一回ぺチンとか、そういう感じで捉えている人もいます。
私としてはせっかくお仕置きを求めて会っているのにそんなんでお仕置き終わりにしてもいいの?って感じで未だに理解できていない部分はあるんですけど、実際にそういう人がいるのでそうなんでしょう^^;

もちろん実際の子供であればかなり手加減はするでしょうが、実際は子供じゃなくて大人ですからね。
お仕置きを求めているのもあって、私はそれなりの厳しさでお仕置きをするのですが、その子にとっては実際大人であったとしても子供にする家庭的なお仕置きをしてほしいということなんですね。

だからこそ痛すぎると、そこまで厳しくする必要があるのかと心の中で逆切れしてしまったり、虐待的に感じたり、拗ねたり、反抗的になってしまったりして、結局反省どころじゃなく、感情的に叩かれたとモヤモヤが残ってしまうことがあるようです。
そうであるならお仕置きが逆効果となってしまうので、どんな悪いことでも軽めのお尻ペンペンも有りだなって思うようになったんです。
これは革新的なお仕置き観の変貌です(笑)

以前の私は、何を言ってもお仕置き逃れの言い訳と捉えて、とても悪い事と判断したことに対しては躊躇なく厳しくしていましたが、いろいろなキーさんと話していくうちに、本当に子どもにするような軽めのお仕置きが自分にとっての理想で、自分にとっての家庭的なお仕置きだという感覚の人もいるということが分かり、それからは厳しくお仕置きをすることが全員に通用するわけではないと認識して厳しさにこだわらなくなりました。
その方がより反省できるという条件付きですけどね。

お仕置きの目的はお仕置き欲求を満たすと同等に、反省して罪悪を清算したり自分を成長させるためであるわけなので、それが厳しいお仕置きによって壊されてしまうなら、優しく軽めのお仕置きの方がいいに決まっています。
なので私は依頼を受ける時には必ず理想のお仕置き像を聞き、軽めのペンでしか反省できないようであれば本当に子どもにするような軽めのペンも有りだなと思うようになりました。

ただし、痛いのが嫌だからとお仕置き逃れの為に”軽めが理想!”なんて言うずるい子には逆に厳しくしちゃうでしょう(笑)
でもその前に、軽めが理想でもない子に軽めのお仕置きをしていたらその方が満たされなくなって撤回するかもしれませんし、実際してみたら軽めの方が反省できるとなったらそれはそれでいいかもしれませんね^^;

まぁ実際はお仕置きを受けてみないと分かりません。
経験してみて軽めが物足りなかったら次はもう少し厳しめにするでもよし、厳しすぎるのはやっぱりちょっと違うなと思ったら次回は軽めの要望を出したりと、自分の理想のお仕置きをそうやって追求していき、しっかりと自分のお仕置き欲を満たしていいくことはとても重要な作業です。

まずは自分の理想のお仕置きを受けることが大切です。
反省するにはどのような厳しさが妥当なのか、それは悪さの度合いによって変えていく私目線でいいのか、それともそれは関係なく軽めでないと反省でできないのか、そういったことを考えてみるのもいいでしょう。

そのためには回数をかけてもいいので少しずつ微調整していき、物足りないものを補充したり、やっぱりそこは排除したりと、理想のお仕置きを追求していくことでも満たされることにつながるでしょう。



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スパの出会いは難しい

前記事にて「遊びのスパ」反省のスパ」について書きましたが、それについてのコメントが多数だったので、みなさんやはり何かしら気になっている部分はあるようですね。

コメントの中身は似たり寄ったりですが、一番核心をついているなぁ、なるほどなぁと思ったコメントがあったので一つ紹介したいと思います。

↓コメント↓
「私は、お仕置きとしてのお尻ペンペンを求めるタイプなので、ラブスパや遊びのスパは、多分ダメな方だと思います。
でも、掲示板で「カー」と言っている方のだいたいはラブスパを望んでいるか……エッチ目的が多いような気がします(^_^;)
実際、そんな方もいらっしゃいましたし、遊びのスパ?でシナリオを用意してくる方もいらっしゃいました。
スパの掲示板で「カー」と表記すれば、出会い系のサイトより女性と会える確率が高いと聞いたことがあります。
なかなか、反省のお仕置きをしてくれるカーさんに出会えるのは難しいです。」


やはり私のブログを読んでる方のほとんどはお仕置きとしてのお尻ペンペンを求める方が多いようですね。
それはそうでしょう、このブログは躾としてのお仕置きをメインに書いているんですからね(笑)

私の中でのスタンダードなお仕置きは、親から子への家庭的なお仕置きであり、悪い事に対して叱り、罰としてお尻ペンペンをします。
もちろん性的快楽を助長するような性的なことはご法度です。

まぁその中でもキーさんによって、より家庭的なお仕置きを求める子、厳しさを求める子、更には滅多打ちを求める子といて、そこは当人との確認の上で調整しています。
また、お仕置きにファンタジーで求める人、ガチに反省したくて真剣に求める人もいて、組み合わせると本当に様々なキーさんが私のところには来ていますが、それはスタンダードなお仕置きで罪悪感を払しょくして反省したり、精神的な満足感を得たいからなんですよね。

キーさんによっては性的な事がないスタンダードなお仕置きでも性的快楽を得ている子はいますが、それは精神的に自分の中だけで感じていて、それが相手側に伝わらなければそれはそれでお仕置きは成立しています。
それはファンタジー系のお仕置きになりますが、こちら側は一貫してスタンダードなお仕置きをしているだけなので、何も問題はありません^^

また、このようなお仕置きをラブスパだと勘違いしているカーさんやキーさんもいるので、こういうことで「自分はラブスパ好きなのかも」と悩んでいる人はそれは違うと認識したほうがいいと思います。
ラブスパ自体に何か違和感を感じている人はディシプリン派でしょう。

しかし一方、上記のコメントでは
「掲示板でカーと言っている方のだいたいはラブスパを望んでいるか、エッチ目的が多いような気がします」
とありますよね。
私にはこうやって聞くことでしか知りえない事ですが、これもよく聞く話です。
本人の実体験なので、これが現状なんでしょうね。

遊びのスパでシナリオを用意してくるというのはごっこ遊びのスパをしたいカーさんということでまだ理解できますが、スパの掲示板で「カー」と表記すれば、出会い系のサイトより女性と会える確率が高いから利用しているという情報は初耳です^^;
確かにキーさんから聞いた話では掲示板で出会ったのにお仕置きがなかったとか聞くこともあり、私の中では「???」だったんですが、そういうことだったのかもしれません。
また、初めはお仕置きがあっても次からは会ってデートのみというのも聞きますけど、出会い系と考えれば納得できますね^^;

とにかくお仕置きをする側とされる側の求めるものは様々で、その価値観を合わせるのは難しいと思います。
男性側は性的な行為で満足する人が多く、女性側はお仕置きの一連のプロセスなどで体感する温もりや愛情で満足する人が多く、その比率が違いすぎるので、なかなか出会いは難しいのでしょうね。
これが男性脳と女性脳の違いであり、そもそもお仕置きを通じて性的な事をしたいのであれば、もはやスパではなくSMになっちゃってますよね。

もちろんキーでMという人もいるので、スパはスパで性的な事のないお仕置きをし、SMはSMで性的快楽を得るためにしているという子はいますけど、お尻叩きという面では共通していても、実際にはエッチなことをするか、エッチなことが一切ないのかという面では全くの別物です。
そういう子は本人の中でしっかりと分けているので、そういうところをカーさんが理解できるといいんですけどね^^

こんなこと書いていても掲示板でもちゃんとしたカーさんは存在します、それはキーさんの話からも聞いています。
ただ、なかなか出会えなかったり、出会っても相性の問題や生理的に受け付けなかったりとなかなか難しいようです。
ま、安全にスタンダードなお仕置きを経験してみたい子は勇気を出して私の方まで連絡してみてください。



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反省のスパ

前記事では「遊びのスパ」について書きましたが、その対照として今回は「反省のスパ」ということで書いてみたいと思います。

反省のスパとは、悪い事に対してのお尻叩きでのお仕置きです。
遊びのスパは単なる「スパンキング」でありますが、反省のスパは「お尻叩きでのお仕置き」です。
そもそもお仕置きとは悪い事に対しての罰ですから、単なるスパンキングはお仕置きというべきではありません。

どうしてこういう記事を書こうと思ったかは前記事の「遊びのスパ」に対して、数名からコメントがあったからです。
一例をあげると、遊びのスパに対しては、理解しにくい感覚と思いつつも、やはりお尻叩きに惹かれているという部分で求めてしまったり妄想してしまったりするので気持ちはわかるようですが、それでもごっちゃなってしまいそうとか、なんか違うような気がするとかそんな感じです。

いい子になったから「お尻を叩いて!」ということになると、本当に悪い事をした時のお仕置きとの区別がつきにくくなる恐れがあることや、軽めに叩かれると気持ちがいいという感覚は確かにあるので、それが本格的に感じるようになってしまうと、自分が求めているお仕置きが成立しないのではないかという不安など様々でした。

それはそうですよね、遊びのスパが好きになったりすると、逆にお仕置きで精神的なぬくもりを感じにくくなったり、心が満たされたりというのが難しくなり、そもそもお仕置きは嫌なものだという感覚をもっていないとお仕置きが成立しませんよね。

確かにお尻叩きで気持ちよくなってしまう人や嬉しくなってしまう人もいて、そういう人がガチで罪悪感のある重い反省内容がある場合に、反省しなきゃいけないのに自分が嬉しく感じるお仕置きをされるのはなんか違う、と悩んでしまっているキーさんも実際に存在しています。

そういう人にガチのお仕置きだからと厳しくしたとしても、その厳しくをも興奮してしまうということになると、本当に深刻な問題となってしまうんです。
そうなると本気で悪いことがある場合は、お仕置きではなく、それを放置することが一番の罰と自身で考えてしまいがちです。

だからこそお仕置きとしてのお尻叩きを求めているキーさんは、お仕置きは嫌なものという前提が無ければ成立しませんよね。
よって、変に遊びのスパを取り入れてノリノリな気分で盛り上がったり喜んだりしてしまっては本来のお仕置きとしてのお尻ペンペンが成立せず、そうであるならばそのことで本来心に抱いている神聖なお仕置きという儀式を自身で汚してしまっているといっても過言ではないかもしれません。

やはり遊びのお尻ペンペンは別ジャンルとして捉えて、そういう行為はそれが好きな人がする趣味的なものと考えた方がよさそうですね^^;
だからお仕置きとしてのお尻ペンペンを好む人は避けたほうがいいかもしれません。

もしそれに手を出したら自分の求めているお尻叩きのお仕置きが違う感覚になり、満たされなくなってしまう危険性もありますからね^^;
するとしても本当に軽めでペンペンするような痛くなく、心地いいペンなら大丈夫かもしれません。
ただ実際にしてみるとそれもそれでかなり恥ずかしいようですけどね(笑)

最後に、実際には遊びのスパ好きさんへのお仕置きは成立します。
遊びのペンペンが好きな人に対するお仕置きはかなり厳しくする、それが対策です。
痛みで喜べないくらいの痛み、痛くて嫌だと思えるくらいの痛みを与える、それが遊びのスパ好きさんへのお仕置きとなるでしょう。
それさえも楽しく感じたら私はお手上げですが(笑)


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遊びのスパ

私の活動でのスパというのはお仕置きであり、お仕置きというのは悪い事に対する罰です。
そしてその罰というのがお尻ペンペンということなんですね。
まぁこれまでのブログでもこういったことは書いてありますし、改めて言うのもおかしな話ですが、躾としてのお仕置き、つまりディシプリンスパが当たり前という考えの人は多くいますが、それとは違うジャンルで遊びのスパも存在するんですね。

それはこれまでのブログで何度か触れたことはありましたが、少し前にお遊びのスパが好きだっていう子が私のところに依頼してきたんです。
まぁ私の基本スタンスは反省すべきことに対してお説教してお尻ペンペンをするので、その子にも同じようにお仕置きをしたのですが、その後にお話ししていると、どうしてもお遊びのスパが楽しいらしく、過去に体験した事とか理想とかを嬉しそうに話してくるんですね。

私のところには反省内容ありきのお仕置きを望む子ばかりで、なかなかそういう子が来ないので、この機会にいろいろと興味深く話を聞いてみました^^
で、お話をしているうちに、お仕置きが終わっていい子になったからということでお尻を叩いてとお願いをしてきたんですね^^;

私の場合、過去にSMの世界にいたのですが、スパの世界のキーさんに出会ったことによって、それまで抱えていた違和感が払拭し、これが私が求めているものだと感じ、それがきっかけで今はスパの世界にいるわけなんですね。
しかしジャンルは違えど、SMでもスパでもどちらにしても理由があるからこそ叩くのであって、直さなければならない理由があるからこそ、反省させたい、罰を受けさせたい、懲らしめたい、叩きたい、という気持ちが芽生えるわけです、

SMのお仕置きとスパのお仕置きは似ているところもありますが、その一つにはSMのお仕置きにスパのお仕置きを取り入れることには違和感がないというのもあるのでしょう。
しかしスパの家庭的なお仕置きにはSM要素があるお仕置きは取り入れられません、そこが違う点でしょう。
ま、それでも私の中での共通点は悪い事の罰でのお仕置きなんですよね。

なので、遊びのスパを頼まれた時にはちょっと戸惑いましたが、まぁこういう経験もいいかもしれないなということで望みの通り要望のお尻叩きをしてあげました^^;
ただ、叩いてみて思ったのが、理由なく叩くのは私にとって奉仕作業にしか感じなかったことです^^;

「はい、叩きますよ」といって、叩いていると相手はニコニコしながら「楽しい!」とか「笑っちゃう」とか、そんな発言が聞こえてきたり、我慢比べみたいに競技っぽくなってしまったり・・・^^;
まぁこれでは完全な叩かれたいだけの性癖ですよね、それもキーさんなのでいいんですけど。

キーさんはお尻を叩かれたい欲求があるものなのでそれはそれで当たり前なんですけど、一応前提としては「お仕置きは嫌だ」というものがあって、それでも悪い事をしてしまったからお尻ペンペンの罰を受けなければならないという心理状態で、それでも嫌なものは嫌だ、そういうことは子供であれば誰しも思うことですよね。
こういう心理でいることでお仕置きがリアルになるのであって、だからこそそこに忠実であるキーさんは多いんでしょう。

逆に私的には「お仕置きは嫌だ」という前提があるからこそ罰を受けさせたいという欲求が強まるんだなぁと改めて感じました。
まぁそこはカーさん的思考ではなく、S的思考なんですけどね、そこには蓋をしておきましょうね(笑)
カーさん的思考であれば叩きたいとか懲らしめたいとかではなくて、躾けの為に仕方なくという考えでしょうからそこは私は違いますね^^;

あ、それはカーさん的思考じゃなくて、親から子へのお仕置きの”親”の思考ですね、カーさんの思考は”お尻を叩きたい”なので間違いでした^^;
それに私はお仕置き中は親のような立場でしているので何の問題もありませんよね^^;

キーさんの中でもお仕置き中は痛くて本当に嫌だと思っている人もいますが、自分のファンタジーの世界に入って心地よくなってしまっている子もいます。
叩かれて気分が高揚したり、叩かれている最中に欲求が満たされて満足する子もいますし、それはそれぞれですが、やはり前提には、仮にお尻を叩かれたくてしょうがないとしても「お仕置きは嫌だ」というものがあるからこそ、親から子供的なお仕置きの構図が出来上がり、より満たされるのではないでしょうか。
だから遊びのスパとは別ジャンルということになりますよね。

私側もそうですね、子供が受けるお仕置きのように、お仕置きは嫌なものだけど、悪い事をしてしまったのだから強制的にされても仕方がない、という前提だけはないと叩く行為が単なる作業のように感じてしまうんでしょうね^^;

まぁそうはいってもいい子になったのならご褒美として遊びのスパでも頼まれればしますからね、そういう思いがある人は勇気を出して依頼してみてください^^、
遊びのスパ、楽しいスパというジャンルはありますし、それはお仕置きのスパとは違う嗜好なので、パートナー選びとか、相手探しの時は確認は必須です。



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親から子への家庭的なお仕置き

この間、お仕置き終わりの雑談時に家庭的なお仕置きについての話になったのですが、それが私のお仕置き観が変わるくらいの話にまで発展してしまいました^^;

それは私の平手が痛すぎて、これは親から子への家庭的なお仕置きじゃないんじゃないかとクレームのような話になったのがきっかけでした。
私の中での親から子への家庭的なお仕置きとは、SMっぽくなく、性的な行為もせず、感情的にならないで諭すようにお説教をして、冷静にその子のためを思ってお仕置きをすることです。

人によっては膝上で平手のみじゃないと家庭的に感じないとか、ケインはよくても鞭はSM的に感じてしまうとか、道具自体がダメな人、そして道具はダメでも家庭にあるような物差しや定規、布団叩きなら家庭的に感じるという人もいて、人それぞれです。
そこは相手のお仕置き観を聞くために、まずはカウンセリングでその部分は聞いて、その人に合わせた家庭的なお仕置きをしているんです。

ところがお仕置きの強さや厳しさについては、要望が無ければある程度の痛みは与えるというのが私の家庭的なお仕置き観でもありました。
もちろん「軽め」や「超軽め」については強くは叩きませんが、普通レベルでも最後の仕上げの十数発は力を入れて叩いたり、それまでの過程でも多少力を入れて連打をして痛がるくらいのお仕置きが当たり前のようになっていました。

でもその子がいう家庭的とは、「そこまで痛くないのが家庭的」ということだったんですね。
私もよくよく考えてみたら、親から子供に対する家庭的なお仕置きであれば、相手は子供ですからそこまで痛くする必要はなく、逆に手加減をしなければただの虐待になるなぁと、これまで蓋をしていた部分に光が当てられた気分でした^^;

そう考えていると、今までの私のしてきた、痛みを感じさせるお仕置きは家庭的ではないような気がしてきたんですね。
これまでは「家庭的で親が子供に対するお仕置き」というのは”形”にはこだわっていましたが、痛みについては蓋をしていました。
それでも虐待的にならないように意識をしてお仕置きをしていたのですが、そこは子供じゃなく大人だし、ある程度厳しくて構わないだろうと私の主観で考えて、それにプラスしてS的要素がそういう部分に蓋をして見て見ぬふりをしていたんでしょうかね^^;

でもちゃんと考えるとそれは変で、子供に対してするようなお仕置きと考えたら、厳しくしたら虐待になるし、「普通レベル」のお仕置きであるなら軽めのペンペンをした方が、家庭的といえば家庭的ですよね。
もちろん厳しくないと反省した気持ちになれない人や、ある程度の痛みを欲している人、そして強烈な痛みを求めている人も含めて、軽めじゃ物足りないという人も多数います。
ですが、その場合はやはりカウンセリングでよくよく話をして、その日の要望を聞く形で対処できることです。

厳しくしてほしい人は単純に厳しくすればいいので対応できますが、そうでない人にそれなりの痛みを感じさせるお仕置きをしてしまっては、その人の家庭的なお仕置き観からは外れてしまうかもしれません。
ただ、自分で申告するのは恥ずかしいから察してほしい、と言う人もいて、そうなると本当に難しいものですね^^;

まぁそういうこともあるので、すべて私の判断でこれまでお仕置きの厳しさを勝手に決めてしてきましたけど、でもそこは必要でしょうから、厳しくしてほしい人は恥ずかしがらずに申告するようにしてください。
サイトを立ち上げた当初はかなり厳しくしていましたが、今はそれと比べるとかなり優しめです。
そして最近というか今後はもっと優しめにお尻ペンペンをしていこうかと思っています^^
物足りない方は強烈なお仕置きもできますからそこはご安心を(笑)

しかし今になってお仕置き観が変わるとは思ってもみませんでした。
この件に限らずですが、自分が出来上がっているなんて思ったらいけませんね。
過去の考えに囚われず、そして固執せず、何かヒントがあればそれを生かして、新しい何かを見つけることは大切なことだと思います^^


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納得させてからのお仕置き

私がお仕置きをするにあたって重きを置いているのは、反省内容についてお説教をし、それについて相手が納得をすることです。
納得をしない限りは基本お仕置きはできません。
それは納得もしないのにお仕置きをしてしまったら単なる虐待になってしまいますし、そうなるとお仕置きをされる側にとって公正なお仕置きではなくなってしまうからです。

だから納得していないような反応であればいろいろな例をあげ、完全に納得できるように説明をしています。
私は主観ではなく、客観的にみてお話をしているので、大体は納得するのですが、中には自分の正当性が少しでもあればそこに固執して意地でも理解しようとしない子もいます。

本当は納得してるのに理解していない振りをしているのが見え見えなら、本人がなんていおうがお仕置きですけどね^^;
理解したというまで厳しくお尻をペンペンしますが、そういう納得してないケースは例外です(笑)

それとは別に本当はわかっているのに相手を困らせるためにだったり、非を認めたくないために意地でも納得しないような困った子もいますね^^;
そうこうしているうちに自己欺まんに陥って、幻想を真実と思い込み、頑なに反抗してしまうケースもあります。

そういう困ったちゃん達には正攻法では太刀打ちはできませんよね^^;
相手が納得しなければ私は基本的にお仕置きはしませんから、そうであるならこのまま野放しになってしまいます。
そうなったとしても、そこから本人の良心に訴えるようなことをいったりすると結局は納得せざるを得なくなるものです。

結局は根が真面目だからでしょう。
不真面目で反社会的な人であればそうはいきませんが、そもそも反省の気持ちがない人は私のところには来ないでしょうからね^^;

おまけでいうと、本当にお仕置きがないと困るのはお仕置き欲があるキーさんですから、嫌だ嫌だと言うのはいいのですが、これで本当にお仕置きが無かったらと思うと納得せざるを得ないでしょう^^;
でも実際はというと、今日は本気でお仕置き無しでって子もいますし、そうなるとお仕置きを求めているのか求めていないか、そこは本当にわからない領域でもあるんですね、奥が深いです^^



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子供へのお仕置き(体罰)について

先日「体罰禁止法制化」という記事を書きましたが、その関連として子供に対してのお仕置き(体罰)について考えてみたいと思います。

”お尻ペンペンのお仕置き”と”体罰”って何か違うような感覚ってありますよね。
スパの世界でのお尻ペンペンのお仕置きは何やらファンタジーの世界のようですが、体罰というと少し暴力的な印象を受けてしまいます。
ただ、当たり前のことですが、お尻ペンペンのお仕置きは体に罰を与えているので立派な体罰なんですね。

キーさんの中では”お仕置きやお尻ペンペン”というワードでキュンとする人は多いのですが、”体罰”というワードではそうでもありません。
それはおそらく”お仕置き”やお尻ペンペン”というのは家庭的であったり愛情があるように感じますが、”体罰”というと愛情がなく、少し暴力的な印象を受けるからでしょう。

まぁ暴力的なことや虐待的、SM的なお仕置きを好む人もいますからそういう人は”体罰”でキュンとくるのでしょうけど、家庭的なお仕置きを好む人は”体罰”というワードはちょっと怖く感じてしまうでしょうね。


前置きが長くなってしまいました^^;
そういうわけで「”お尻ペンペン=体罰”」ということで、実際の子供ににこの体罰をすべきかどうか、禁止したほうがいいのかどうかについて考えてみたいと思います。

私はこの活動を通して、子供の頃に親からお尻ペンペンのお仕置きを受けてきた人ともお話をしてきましたが、ほとんどのみなさんは口をそろえてお仕置きは恐怖であったし、手加減なしで叩かれてメチャクチャ痛かったと話しています。
しかし、大人が子供に思いっきり力を込めて叩いたらどういうことになるか、お尻の状態も併せて話を掘り下げていくと、実は手加減して叩いていたということがわかってきます。
しかし子供は痛みに敏感だし、恐怖だし、そこで手加減なしで叩かれたと感じ、それがトラウマになってしまっている子も実際にいるんですね。

つまり大人が子供に対して家庭的なお仕置きをしたとしても本気で手加減をしないと、当の子供にとってはそこには愛情がなく、ただの暴力的な体罰としか受け取りません、そこが怖いところなんですね。
大人の意識と子供の捉え方が違っていたら、親の意思はどうであれ、子供はただの感情的な暴力や虐待にしか感じないということです。
それは実際の子供は、キーさんのように妄想上でのお仕置きイメージが存在していないわけで、そんな子がお仕置きを受けたらそれは辛いことです。

キーさんは幼少期くらいから家庭的なお仕置きに憧れたり興味を持ったりして、大人になってスパの世界を知りますよね。
その状況でスタンダードなお仕置きを受けると、そこにイメージしたような愛情を見出せるのでお仕置き行為が成り立ちます。
そこが実際の子供との大きな違いで、子供自体がお仕置きを求めていないし、その上で力をもって体罰を受けるという形ですからこれはスパのお仕置きではありえないことです(本気で嫌がったとしてもお仕置きを求めてカーさんと会っているため)

それでは実際に子供にお仕置きをして家庭的な愛情を示すにはどうしたらいいでしょうか、それは可能なのでしょうか。
私が考えるに子供をお仕置きするとしたら、親が冷静に諭すように悪い事を説明し、説得し、その上でかなりの手加減をして、痛くない程度の軽めのペンペンをする、その後は抱きしめて「もうするんじゃないよ」と全てを許し、スキンシップを十分にして、「あなたをこの世で一番愛しているよ」というような言葉をかけてあげるようにすれば、叱られた内容にも納得し、愛情を感じられると思います。

かなりの手加減とは、軽めにペンペンと叩く程度で、それはお尻を丸出しにする必要はなく、服の上からでもいいし、お尻ではなく頭や手をペンペンでもいいわけです。
子供は叩かれるまでは恐怖を感じるかもしれませんが、叩かれた後にはスキンシップや言葉掛けで心地よく感じられるのであれば、愛情を感じ、それならば子供に対する体罰はいいのではないかと思います。
まぁでもこの程度で体罰と認定されたら困ってしまいますけどね^^;

体罰をする親はだいたいは感情的に手を出すという人が多く、そういう人が冷静に諭すようなお説教をして、しかも軽めにペンペンができるかは疑問が残るところですね。
これができる親というのは、そもそも”優しい親””叩かない親””感情的にならない親”にだけできることで、子供の頭をなでて褒めて育てるのと同じように、お仕置きもその一環として扱える親にしかできないのではないかと思います。

それが子供の感じるであろう愛情のある家庭的なお仕置きでしょう。
私もお仕置きをするときに感情的に怒ることはありません、この活動だからこそ感情的にならずに冷静さが保てるのかもしれませんし、そもそもキーさんなので、もうちょっと厳しく、もうちょっと痛くとエスカレートしていくものですから、子供が感じる家庭的なお仕置きと、キーさんが感じる家庭的なお仕置きは厳しさや痛さという面ではだいぶ違ってくるのです。

まぁそれでも実際に普段の家庭の生活の中で、感情的にならずに冷静に諭すようにお説教をして、軽くペンペンをしていくなんてことはそういう性質を持っていない限り難しいでしょうね。
そしてここまで虐待的な親が植えてきた以上、子供に対する体罰は禁止にすべきでしょう。
手加減できなかったり感情的になってしまうことは躾を超えた虐待ですが、法律ではそこの明確な線引きができませんから一律禁止にせざるを得ないでしょう。

禁止になったらその抑止力で、ある程度は虐待的や暴力的な体罰は少なくなっていくでしょうね。
その代わり手加減をした、体罰とはいえない軽い軽いペンペンは増えていくかもしれませんね。
それが実際の子供にとっての愛情のある家庭的なお仕置きです^^

しかしそこから一部の人はキーさんになり、そんなお仕置きでは物足りなくなり、欲求によってもっと痛く、もっと厳しくと追求していくかもしれませんね^^;
結局は、大人のキーさんでも、ただの子供でも、お仕置きの厳しさや強さの加減次第で、愛情のある家庭的なお仕置きは感じられるのではと私は思いますけどね^^;



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甘える感覚

キーさんの甘える感覚っていうのは、普通に大人としてありのままに甘えたいという子と、そうではなく子供のように甘えたいというタイプがあります。
その二つは全く別物ということもありますし、曖昧に混在している場合もありますから両極端ということではありませんけどね。

その甘える感覚というのはキーさん自身の心の中の問題なので、その行為があからさまでない限り、私に目えてわかることはありませんね。
逆に私の場合はどちらのタイプだとしても甘やかすときはあまり変わらないかもしれません。

また、もう一つ。
それらとは別に、ペットのように甘えたいというようなタイプも存在します。
ペットというのは、子供のように甘える感覚ととても似ているのですが、犬や猫のように相手の庇護下にいるように甘える感じです。

大人になりたくなかったり、大人にいることにつかれたり、弱い自分を見せられないで強がって頑張っていたり、孤独だったり寂しかったりすると、特に甘えたくなったり子供に返りたくなることがありますが、その一環で何も考えないで誰かの庇護下におかれたいという欲求が芽生えることがあります。
そして身近に接している犬や猫を見て癒され、無意識下にそうなりたいと心理が働くのかもしれません。

ま、それはそれで可愛いですよね^^
膝元で丸まって頭をのせてなついている感じで、頭をなでても心地よさそうにしているのを見ていると、私が逆にペットに癒される感覚になることもあります^^;

まぁSMでいうペットとはちょっと意味合いが違うペットですからね、人間がペット扱いというとすぐにSM的に考えてしまいがちですが、SMではなく、本当の犬猫等のペットの感覚です^^;
って考えてしまう私が変なんですかね(笑)

どのような感覚で甘えるかはキーさんの心の問題なので、どのように甘えてもそれは自由なことですし、甘えることはお仕置きの後の解放感や満たされる要素でもあります。
そこも人それぞれですから、そんなこと考えている自分は変なんじゃないかとか、そういう余計なことは考えずに自分を解放できる感覚でいればいいと私は思っています^^

人間の躾とペットの躾、違うようで結構似ていることは多いと私は感じていますけどね^^;



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お仕置きはどっちが決めるか

前記事の「お仕置きが厳しすぎる」というQ&Aを書きながら思うところがあったので、そこを少し掘り下げてお話ししたいと思います。
まぁ私のお仕置き観のお話しになってしまうんですけどね^^

いろいろなカーさんがいる中で基本的にはお仕置きは、お仕置きをする側が決めることで、キーさんが決めることではないですよね。
実際の親から子供へのお仕置きもそうであるように、子供がお仕置きの指定をすることはできません。

私もそう思いこんでそうしていたと思っていたのですが、記事を書いていて気づいたのは、実際はキーさんが決めたお仕置きの枠の中で私がどういうお仕置きをするかを決めていただけなんですよね^^;、

実際私は初めての子にはどのようなお仕置きが理想なのかを必ず聞いています。
お仕置き欲求があって、それを満たしたいと望んでいるわけですから、本人のお仕置き観と同時にいつも考えてしまっているようなお仕置きの形を聞き、それに沿ってお仕置きをするようにしているんです。

「お仕置きをどうするかは私が決めている」とこれまでいってきたのは、そのキーさんのお仕置き観の範囲内というのが大前提であって、そこは私の中では当たり前であったため、キーさんがお仕置きを決めていると表現しなかったのです。

基本的に私は、親から子供にするような家庭的な雰囲気のお仕置きが私のお仕置き観で、虐待的にはしたくないし、怒鳴るようなこともしませんし、乱暴な口調や暴力的なお仕置きはしていません。
まぁ要望があればある程度はしていますが、それでも乱暴な口調と怒鳴ることはどうしてもプレイっぽく感じてしまうのでできません^^;

これが私のスタンスですが、その上でキーさんの要望に合わせてるんですね。
例えば
鞭がNGの人、ベルトがNGの人、ケインNGの人、道具自体がNGの人、厳しすぎるのがNGの人、コーナータイムがNGの人、スキンシップがNGな人
要望を聞いた上でNG行為を除いてお仕置きをしていますから、実質私がすべてを決めているわけではないんですね。

逆に、鞭やベルトを好む人、ケインを好む人、道具を好む人もいますし、道具といっても家庭にあるような道具しか興味がない人もそうでない人もいます。
平手のみを要望する人、膝の上のみを要望する人、体に触れた状態のお仕置きを要望する人と、お仕置き観というのは十人十色なんです。

ま、お仕置きはお仕置きをする側が決めるものというのが大前提ですが、このような大人であるスパのお仕置きは、キーさんの要望に沿ったものが大前提であって、そう考えると大枠のお仕置きはキーさんが決めるものと私は思っています。
もちろんそれは初回の話で、2回目、3回目と回数を重ねるごとにNGの壁を取り払うことは合意であれば何も問題ないと思います。
信頼関係が芽生えれば、厳しさの壁もこえられたり、どういう心理状態でNGだったのかということもよくわかってきますからね。

そうやって信頼関係を深めつつ、了解の取れている範囲内で痛みを与えるのですが、その範囲が広がっていくこともあれば、経験して狭まっていくようなこともあります。
人によってはOKがでていないお仕置き行為だとしても、暗黙の了解というものを適用できるほど信頼関係ができあがっている場合もありますしね。
まぁそうやって最低限厳しく感じるようなお仕置きを構成するのが私のお仕置き観です。

とにかく人それぞれお仕置きの好みや望んでいるものは違うわけですから、一番最初にその部分を聞いておかないとその人に合ったお仕置きができないんですね。
ただ、要望通りといっても要望を取り入れつつ、NG行為として出ていない範囲内で反省できるように厳しさを考えていく作業をしていきます。
そうしないとプレイ感がでてしまうので、そうならないようにできるだけ要望は事前に聞くとかお仕置き後(次回のために)に聞くとかしてますし、少なくともお説教の前に軽く確認しておくことでやらせ感やプレイ感がでないようにしています。

まぁ要望ばかり聞いてお仕置きが楽しいものであってはいけませんからね、欲求を満たすためであったとしても楽しくあってはいけないものです。
満たされる、キュンとしてしまう、というのは自分の理想のお仕置きを受けているのであれば当たり前なのですが、そこに楽しさはできるだけ持ち込まないようにしないといけませんね^^;

キーさんのお仕置きの好みもそれぞれですが、お仕置きに対しての想いもそれぞれです。
本気で反省したい人もいます、キュンキュンしたい人もいます、楽しんじゃう人もいます、叩かれて気持ちよくなってしまう人もいます、お仕置きされている自分にゾクゾクしてしまっている人もいます。

それは人それぞれの想いであるので、どのように欲求と向き合うかは自由ですが、その気持ちをお仕置き中にわざわざ相手に伝える必要はないということです。
お仕置きは嫌なものという大前提の中での出来事なので、心の中身はそっと封印しておきましょう^^



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聞く耳を持てる人と持てない人

人間の成長にとって大切なことは、自分に欠けているものを補っていくことだと思います。
しかしそれには限界があって、いくら自分で補ったとしても気づけないことはたくさんあって、そこは指摘されない限りわかりません。
指摘とはお説教も含めてです。

そして指摘やお説教をされた時に、聞く耳をもって自分の成長につなげる力のある人と、一方、聞く耳を持たずにひどいことを言われたとマイナスに捉えてしまう人とがいます。

聞く耳を持てる人は、叱られたことをプラスに捉えて自分のものにし、成長しそれがエネルギーにもなり、幸福感をどんどん感じ取っていくものです。
聞く耳を持てない人は、叱られるといじわるを言われたと思ったり、自己否定されたと感じ、全てをマイナスに捉えてしまいます。
これでは成長ゼロであり、腹を立てたり相手を憎んだりして、負の感情ばかりが心の中に宿り、そこからは幸福感を感じることはできず、不幸感に支配され続けるわけです。

素直な人は褒められたら嬉しく感じるし、優しくされたら感謝の気持ちを持ちます。
秘密を打ち明けられたら自分を信頼してくれた証だと喜び、慰められたら心も癒えます。
そして自分の悪いところを真剣に叱ってくれたら、親身に考えてくれていると感じて、心が満たされるものです。
それが素直な人であり、聞く耳を持てる人で、幸福を呼び込む人でもあるのでしょう。

一方、ひねくれた考えをしてしまう人は、褒められたら馬鹿にされたと思い、優しくされたら裏があると思ってしまう。
秘密を打ち明けられたらその裏の意図を探ろうとしたり、慰められたら同情されたと屈辱感を抱いたりします。
そしてその人のために親身に叱っても、いじわるやひどいことを言われた、全否定された、と感じ、落ち込んだり傷ついたり怒ったりして心がどんどん病んでいってしまいます。
これでは不幸を呼び込んでいるのと一緒で、聞く耳を持たない人からは幸福も逃げていくでしょう。
一つでも当てはまったり思い当たる節があるのなら、そのような思考になってしまっている可能性があるので要注意です。


私の活動でも聞く耳を持つタイプの人は、私の言葉には、ことごとく前向きに捉えるわけですが、一方、なんでもかんでも悪くとらえて、批判的に考えてしまう人や落ち込んでしまう人、怒りだす人も稀にいるんです。
両者に同じことを言っているにもかかわらずこの対象的な考え方は、やはり聞く耳を持っているか持っていないのかの違いでもありますし、同時にプラス思考とマイナス思考も関わっているんだと感じます。
しかしこの差が人生においての幸福感の差に大きく現れるんですね。

もちろんこのような思考回路になったのは養育環境やこれまでの人間関係が大きく影響しているのでしょうから、それを直すことはとても難しいことです。
後ろ向きな性格の人に前向きになれといっても難しいし、マイナス思考の人にプラスに考えなさいと言っても、理解はしても持続は難しいものです。

ですが、そういったマイナス思考の人にも幸福感を味わってほしいものですし、そうなるにはやはり聞く耳をもってプラスに、そして楽観的に言葉を捉えるということが必須だと思います。
人を信用できない人でも、自分を守りつつ、他人の指摘は真摯に受け止めて自分のプラスに考える、落ち込むのではなく一つ成長したと喜ぶ、親身に考えてくれたんだと心を満たす、そういう思考を意識して自分を変えていかなければ何も変わりません。

近親者のお説教や指摘は素直に受けることは難しいです、それはそこには少なからず利害関係があるからで、家族的になると余計です。
しかし私のようなサイト運営者や、その他のカーさん等がお説教をすると、そこに利害関係がないので、素直にお説教がきけることがよくあるんです。
それに私のところには依頼してくるわけですから、当然聞く耳を持っていて、その点ではお説教で納得させることは難しくはないのです。

ただ、聞く耳を持っても納得のできないことに納得する必要はありませんし、納得いかないことをお説教してくるような人であればそれはあなたには合っていないということですからすぐに離れるべきです。
それでも自分の落ち度が1%でもあるのであれば、真摯に反省することは必要で、それが究極の聞く耳を持つことではないでしょうか。

そしてしっかりと納得できたら今度は罰であるお尻ペンペンのお仕置きを受けて、気持ちを切り替えることが必要でしょうね^^
お仕置きはネガティブなものではなく、ポジティブなものであってほしいし、マイナスの場ではなく、プラスの場であってほしい。
変に相手を構ってしまうことでもっと悪い方向にいってしまったり、成長の場が単なる甘えの場になってどんどん相手を困らせるようにはならないでほしいんです。

私もお説教でみんながみんな当たり前のように納得していると、どんな時でも自分が正しいと思い込み、相手の意見をしっかりと聞くことがおろそかになることがあります。
そうならないように日々初心に戻って気をつけてはいます^^;
みなさんも聞く耳を持てる人間になっていきましょうね^^




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愛情を与える側ともらう側

家庭的なお尻ペンペンのお仕置きは、愛情のやり取りで成立しているものです。
それは、そこに愛情がなければ「家庭的なお仕置き」とはならず、「虐待的お仕置き」となってしまうからです。

その愛情のやり取りではお仕置きをする側が”愛情”を与える側であり、お仕置きを受けるキーさん側が愛情を受け取る側となっています。
家庭的なお仕置きというのは親から子へのお仕置きの事を指していますから、親が子供に愛情を与えているのは当然で、子供はその愛情を受け取っています。

子供はその愛情を受け取るのに必死で、愛情を欲し、それを満たすために試行錯誤したりします。
それが泣いたりわめいたり、いたずらをしたり困らせたり、黙り込んで意固地になったり、時にはひどい仕打ちをして、構って構ってとやるわけです。

そういう行動をしたとしても、無償の愛で子供を育てている親は、それに反応してあげて、時には叱ったり、時にはなだめたり、時には機嫌をとったり、時には言いなりになったりして愛情を与えているものです。
まぁこれはスパのお仕置きに通じていますよね、お仕置きをする側と受ける側でもこういった愛情の交流は普通にありえますが、そうはいっても過度なわがままや行動、そしていつまでも言うことをきかないとなると、私の場合は絶対に許すことはありません^^;

しかし人はいつか、愛情をもらう側から与える側に移行していかなければなりません。
それが心の成長であり、そして与える側になれた時に本当に満たされることがどういうことなのか気がつくものです。
ただ、愛情を与えるといっても、甘やかしたり、奉仕したり、尽くしたりということとは場合によってはイコールではありません。

仮に与える側になれたとしても、やはり人間はいつまでも子供じみた面はありますし、甘えたいときは甘えたい、愛情がほしい時は欲しいのですから、そういう時は非日常でもあるスパのお仕置きで満たすというのもいいのではないでしょうか^^
日常は大人になって人に愛情を与える、そしてたまに感じる不足分は非日常であれ何であれ、子供に戻ったり、大人の自分を維持するために何かしらで補えばいいのです。

しかし、そういった心の成長ができずに、日常生活で愛情をもらう事ばかり考えていたらどうなるでしょうか。
愛情を与えてくれなければ寂しいし、不安だし、心が満たされなくなり、幸福感は味わいにくいでしょう。
そして無理にでも愛情をもらうために、相手を試すようなことをしてみたり、困らせたり、時には傷つけるようなことまでしてしまう人もいます。

そうなってしまうのは幼少期の養育環境が大きくかかわっていることもあって、親の躾や接し方の問題もあるんですね。
なんでもかんでも過保護のように愛情を与えたり、逆に子供が何を言っても聞く耳を持たなかったりすると、愛情を求めることでしか満たされなくなることもあります。
しかしそうだとしても自分を変えていかなければそこから抜け出すことはできません。

何かを変えなければ現状維持どころか、月日が経つにつれてどんどんと不幸の泥沼にはまり込んでしまいます。
自分が誰かに愛情を与えるという行動で自分が愛情で満たされることもあるということ、そしてそれこそが本当の意味で愛情で満たされることであること、そういったことを実感すれば徐々に変わってくるでしょう。
愛情を与えているだけでも、愛情を与えられているのと同じで、実は愛情で満たされるものです。
これを理解できなくても無理にでも認識して実行してみることです、それが幸福感を得る第一歩になるでしょう。

ま、とにかく相手を困らせたり傷つけたりして愛情をもらおうとするのは間違っています。
スパのパートナー関係でもそういったわがままな子供に戻って、相手を試そうと困らせるようなことをしたり、いたずらをして構ってもらおうとしたり、そういう形で愛情を感じようとする人はいるものです。

でも子供に戻るのはいいとしても、そういう子供に戻ってはいけませんし、それで愛情を満たすようになったら癖になってどんどんと要求がエスカレートしていくものです。
そしていずれ相手側が離れていってしまうでしょう。
それは相手が嫌な思いをしているから離れるんです。
いくらお仕置き相手であってもそういう思いをさせてはいけません、結局は本当の親ではないのですから限界があるものです。

まぁどうしてもそうしたいのであれば、お互いに了承の上でならばいいと思います。
が、いくらお仕置きのパートナーであったとしても相手を困らせたりいたずらをしてのお仕置きはやめたほうがいいでしょうね。
なぜかというと、それは歪んだ愛情の受け取り方だからです。
相手を困らせて得る愛情はすべきではありませんし、そこをお仕置きに持ち込むのは私はご法度だと感じます。
だからやるとするならお仕置きとしてじゃなく、幼児ごっことしてやってほしいものですね(笑)

とにかくそこまでではなくても愛情を与えてくれないと幸せに感じることができないという人は自己を変えることをしてみましょう。
与える側も満たされるんですよ^^
無償の愛で赤ん坊を育てている母親も、そんな何もできない赤ん坊から愛情を受け取っているんですからね。

ちなみに私のところは”過度すぎる”困ったちゃんや構ってちゃんはビシッと叱りますけどね(笑)


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お仕置き理由(欲の自制)

今回はお仕置き理由の”欲の自制”について考えてみたいと思います。

前記事にも書きましたが、お仕置き理由というのは悪い事全般です。
しかしお仕置き理由が悪い事ではない場合もあり、その一つが”自制”というものです。

もちろん、自制できなくて悪い事をしてしまうという事であれば、普通に悪い事になりますが、そういう自制ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。
自制に関しては私が悪い事ではないと判断しても、本人の中で直したいことであったり悪い事であるならば立派なお仕置き理由となるわけです。

その中でも私が普段「悪い事ではないししてもいいんだよ」と言っていることでも、本人の中では自制したいことであり、それをお仕置き理由として申告してくることがあります。
その代表的なものは「お仕置きのことを考えてしまう事」と「自慰行為」です。

お仕置きのことを考えて他のことが手につかないというのはキーさん特有の悩みでありますが、自慰行為に関しても本気でそういう欲を無くしたいとか、そういう行為や妄想をしたくないという人には切実なことでもあります。
お仕置きのことをばかり考えてしまうことについては、寝る時にいろいろと妄想してしまってなかなか寝れなくて翌日寝不足だったり、授業中や仕事中にずっと頭の中で考えてしまって集中できなかったりと、こんなこと考えてしまう自分をお仕置きしてほしいとなるわけです。

しかもこういう欲求には大きな波があり、生理前だったり、面倒だけどやらなければならないことがあるとき(試験勉強や課題など)に特に強い波が出てきてしまい、それがとても苦しくて、どうにもならなくなって悩んでいる人は多いものです。
それを感情のコントロールだけで自制するというのは無理がありますし、修行僧じゃあるまいしと思ってしまいます^^;

自慰行為についても同じです。
男性なら気にしないことでも、女性だからそういう行為や妄想をしたら恥ずかしいとか、誰にも言えないとか、周りでは自分だけじゃないのかな?とか、罪悪感が強く出てしまうこともあり、人によって普通に受け入れている人もいれば、深刻に悩んでいる人もいます。

ただ、私的にいうと、ブログでもお話ししている通り、お仕置きは愛情表現の一部であって、寂しさを埋める事やスキンシップでの安心感、そして叱られる事などで愛情を求めているのであって、決しておかしいことではありません。
そこにお尻ペンペンという、お尻を丸出しする行為があるから恥ずかしく、考えたらいけないことだと感じてしまうのであって、そこだけをクリアすれば普通の愛情表現であり、実質ビンタするのと何ら変わりがありません、叩く場所の問題なだけです。

なので当然欲している愛情や欲求を埋めるためにお仕置きのことを考えてしまうのは当たり前のことだし、その欲を解消するために私は”スタンダードなお仕置き”を受けることを推奨していますから、私的にお仕置きを考えてしまう事に対してはお仕置きをしにくいです^^;

欲求というのは体験すれば無くなることがありますから、お仕置き欲を無くしたいと思うなら思うほどスタンダードなお仕置きを受けることは必要で、実際にお仕置き欲求が薄まっていく子は私の元にはいるんですね。
逆に我慢すればするほど欲求は過度になり、どんどん苦しくなってしまいます。
恋する乙女みたいにお仕置きに恋をしたような感じになり、だからこそ頭から離れずに四六時中考えてしまう、そういう感覚ではないでしょうか。

ただ、お仕置きを推奨しているといっても本人の要望でお仕置きを考えることをやめて自制したいというのならその部分は伏せて、「自分がそうしたいなら一切考えないようにしなさい」という意味でお説教します。
その時には普段言っている事と逆のことを言ったりすることもあります^^;
お仕置きを推奨しているのにお仕置きのことを考えるなというのは矛盾していますが、それが本人にとっての要望であればそうやって自制させるように仕向けるしかありませんからね^^;

自慰行為に関しても同じです、自慰行為は悪い行為ではなく、人によっては気分を良くしたり、モヤモヤしている心を安定させたりと、いい面もあるわけです。
自慰行為で心やホルモンバランスを整えることも必要な場合もあるので、「自慰行為はしてはいけないことだよ」とは言えません。
もちろん過度にしてしまうのは問題もありますから、そこは少し自制するよう言うかもしれませんが、一切しないように禁止することは言いません。

更にいうと先ほどのお仕置の事ばかり考えて変になりそうだという時に自慰行為をして気分を静めたり、切り替えしたりする人はいます。
そういうことも可能な行為でもあるので、それはそれで一つの解決策になることもあります。
まぁ結局その二つが重なるとそればかりしてしまうということになる場合もあるので、過度な場合はお仕置き対象ですけどね。
というよりお仕置きを何度も受けていればそういう欲は薄まるものだと経験すればわかるんですが、そこは難しいところです^^;

なので本人の自制の問題として私が悪いことと認識していなくても、「お仕置きのことを考えないようにしたい」「自慰行為をやめたい」というのであれば、それに対してはお仕置き理由になりますし、約束をしてそれを破れば次回もお仕置きとなっていきます。

また、そういったお仕置き理由では本気でやめたいではなく、そういうシチュエーションでお仕置きしてもらいたいというキーさんもいます。
「お尻ペンペンなんていけないことを考えてばかりの私をお仕置きしてほしい」
「自慰行為なんてはしたないことをしている私をお仕置きしてほしい」
という感じで「そんな子はお仕置きです!」というようなゾクゾク感を味わいたいという人もいますし、子供もお股をいじって叱られるなんてことがあるので、そういう描写と重ねている人もいると思います。

なのでそういう理由についても私の中では有りで、お説教もそれに合わせてしてあげます^^;
本気でそれをやめたいのかそうではないのかは話し合いをしている時に感じ取れますからね、直接的に言わなくても大丈夫です^^
要するに”自制”と名がつけば、私が良しとしていても、どんなことであってもお仕置き理由になるということです。



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お仕置き理由(自制と罪悪感)

お仕置き理由についての「自制」と「罪悪感」について考えてみたいと思います。

お仕置きは”悪い事をしたとき”にするものですが、その悪い事の基準は、日本においては基本的に日本の社会の基準です。
もちろん個人な価値観でのお仕置きも存在しますが、それが躾としてのお仕置きの基本だと私は思っています。
一方、一般的には悪い事じゃなくてもお仕置きを必要とするときもあるんですね。
それが「自制」や「罪悪感」です。

罪悪感に関しては、その事が社会的に、もしくはお仕置きをする側の基準で悪い事と判断したらもちろんお仕置きですが、悪い事と判断できなければ私の場合お仕置きはしません。
しかしそういう場合でも、本人の基準で罪悪を感じ、その罪悪感を払しょくしたいというのならば、そういう意味合いでお仕置きをするんですね。
つまり罪悪感があり、それについてお仕置きをしてほしいということであれば、それが理由となるということです。

罪悪感とは、人によっては一生消えない過ちであり、過去両親や友達に迷惑をかけたことであったり、後悔していることであったり、いけないことが頭に残っていたりということ等です。
私はそういったケースを聞き、一般的に考えて悪い事ではないと判断した場合は、相手に罪悪を抱えなくてもいいという説明をし、それでもお仕置きを望むのならそれについてはお仕置きをします、それは本人の中では悪い事で、本人の中で清算しないといけないと思うからです。


次に自制に関してですが、自分の意思ではどうにも自制ができないことに対して、厳しい罰を与えてもらってちゃんと自制できるようにしたいという意味でお仕置きを必要としているんですね。
自制の場合「自制できなくて悪い事をしてしまう」という事であれば当然お仕置きですが、そういう自制ではなく、一般的な悪い事ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。

例えば、
休みの日は10時間勉強したい
23時までに寝たい
ゲームやスマホをいじって家でダラダラと過ごしてしまう
課題を早めに終わらせたいのにいつもギリギリになってしまう
就業時間の30分前には会社についていたい

このような自制はその罪悪の判断は自分次第なわけです。
私からしたらそれができなかったからといって悪いことだとは思わないし、むしろそれに近いことをやっているという意味では尊敬に値します。
心がけは素晴らしいですし、それができなくても他人に迷惑をかけていなければ、そして他のやるべきことに支障がなければ、悪いことではなくお仕置き対象ではありません。

家でダラダラ過ごすのでも夜更かしするんでも、それで有意義に生活できるならそれでいいですし、ゲームや遊びをしすぎてもそのことでリラックスできて仕事がうまく回ったり勉強に集中できるのであれば悪いことでもありません。
自分のしたいことをするというのは人生を謳歌することでもあるし、その中で自制したい気持ちがあればそうすべきだと私は思っています。

しかし自制したいと思っている人は、自制できないのは本人基準では駄目なことであり、自分で決めたことができていないということでお仕置きの力を借りて自制したいということなんですね。
こういう理由でもまず話を聞くのは、どうしてそういう目標を作ったのか、それは達成できる目標なのか、なんでそこまでしたいと思っているのか、という本質的なことをじっくりとお話をし、その上で今後どのように取り組んでいくかを本人に決めさせ、今後はきちんと自制するように約束をします。
話を聞くのは本当に自分にとってやらなければいけない事なのかをはっきりとさせるためです。

勉強だって10時間必要な人もいれば1時間で足りる人もいますし、学校の授業だけで十分という人もいます。
一律に10時間勉強しなければいけないというわけではなく、本人が必要だからそれをしなければならないわけですよね。
だからそうやって自分で決めた事に必要性が無ければやる必要もないし、お仕置きも必要ありません。

なのでそういうお話をして、本人が自制する必要があるのであれば無理のない計画を立てさせて、その後しっかりと”約束”をします。
その時にお仕置き理由は単に自制できなかったことですが、今回約束をしたことによって今後は自制ができなかったことに加え、約束を破ったことにもなるので余計に義務感が生まれ、意志も強固となって今まで以上に頑張れることにつながるものです。

そうはいってもそれが持続するかどうかが一番の問題です、お仕置き直後は誰でもできますが、それを持続することが一番の難関ですからね。
もちろん約束を破ってしまったら厳しいお仕置きが待っていますから、そのお仕置きでまた一からやり直しということになるわけです^^;

自制については”欲”の自制というのが厄介なもので、それで悩んでいる人は結構いるものです、次回はそれについて考えてみたいと思います。



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お仕置き理由

私の場合は、本人からの要望があれば別ですが、要望がない限りは、お仕置き理由がないとお尻ペンはしていません。
そのお仕置き理由についてのお話しですが、お仕置き理由には本人の申告とそうでない場合とがあります。
本人申告のお仕置き理由の場合は、自分がしてしまった悪いことや罪悪感を抱えている事、自制したくてもできないこと、または良い事か悪い事か判断がつかない、などが多くを占めています。

この場合は自分から依頼をして、この内容に対してお仕置きをしてほしいという要望があるため、お仕置きの形としてはキーさんの思い描いている通りのものとなるのでしょう。
しかしキーさんはお仕置きを求めていても、自分から「こういう理由でお仕置きしてほしい」っていうのは違う感じがするものです。
それはそうですよね、心理的な前提としてはお仕置きは嫌なことだし、されたくないものなのに、それを求めているということは矛盾しているので、自分からはなかなか申告しづらいものです。

なので会話の中で私が反省内容があるかどうかを聞いていくのですが、素直に言えない子もいて、それで最後まで誤魔化してしまって、帰ってから「実は言えなかったことがある」なんてこともよくある話です^^;
こういう現象は会う回数が2回目、3回目と増えていくにしたがって起こりがちなんですが、それは最初は初対面でお仕置きのために来ているのもあるし、違う意味知らない人だからこそ言えるのでしょうが、会う回数が増えるごとに仲が深まっていくので自分から申告することがどんどんと恥ずかしくなっていくんだと思います。


それとは別に、お仕置き理由に関しては本人の申告ではなく、私が判断したお仕置き理由というものもあります。
これに関しては、会話中に出てくる悪い事やコミュニケーション能力として直した方がいいと思う事、視野が狭すぎる事、自分が何も思っていなくても相手を不快にさせている可能性があるもの、その場でのいたずらや私との禁止行為を破る事などです。
他にも人によっては、行儀、礼儀、女性らしさ、というのも躾の一環としてお仕置き理由となる場合もあります^^;

自分で申告してのお仕置き理由もそれはそれでいいですし、そうしなければお仕置き自体が成立しないのですが、本来のお仕置きは悪いことや直さなくてはならない部分を見つけて、それに対してお説教をしてお尻ペンをする事ではないでしょうか。
なので、キーさんが意図して理由を申告するお仕置きと、キーさんが意図していない事をその場で見つけて指摘するお仕置きの両方を私はしています。

本来のお仕置きとは、親が子供にするようなお仕置きという意味です^^;
子どもはワザワザお仕置きされることを親に言うことはしませんし、ほとんどは親が悪いところを見つけてお仕置きをするわけです。
そういう現実と同じだからこそプレイ的ではなく、自然で日常的な雰囲気のお仕置きが可能になるんだと思います。

また、自己申告でない悪いことを指摘されてその理由でお仕置きしていくことを繰り返していると、予期もできないので一瞬でも子供のように”お仕置きはヤダ!”となり、そこを真剣に叱って真剣にお仕置きをしていくと、お仕置きに対しての憧れやお仕置き欲求というものが少しずつ薄まっていくことにつながると経験上感じます。

成長のために足りない部分やいたらない部分を指摘されてお仕置きされるのは、自分で自己申告してお仕置きをされるのとは、心理的にも随分と違うものになるものです。
もちろんお仕置きする理由をこじつけるためにアラ探しをすることはありませんので^^;

お仕置き欲求を薄めるには、そこに男女の色恋的なやりとり、そして遊び感覚やおふざけをはさんではいけません。
それはそれぞれにそれなりの魅力があるからで、キーさんであればお仕置きを通じて本来と違う満たされ感を新たに感じてしまう恐れがあるからです。

悩んでいる人はとっても多いのですが、お仕置き欲求をどうにかしたい、消したい、卒業したい、ということを深刻に考えている人は、このような楽しみながらという雰囲気ではないスタンダードなお仕置きが一番ですから、治療?の一環として利用するのもいいのかもしれません^^

次回はお仕置き理由の「自制」「罪悪感」について考えてみたいと思います。


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お仕置での良い依存と悪い依存

前記事の最後に、お仕置きに依存してしまう事について書きましたがその続きです。
ちょっと言葉が足りなかったのですが、依存が全てダメという事ではなく、悪い依存がダメということです。

依存といっても良い依存と悪い依存とがあります。
良い依存とは自立に向けた成長のための一時的な依存で、これは赤ちゃんが母親に依存しながら成長していき、最終的には自立して社会に出ていくことと同じことです。
すでに大人になっていても自立の為、すなわち人間力をつけ、生きていく力を身につけていくためなら一時的な依存はその人の成長のためのものなので私は良いと思います。

幼少期の頃から欲していたものを満たしたい、その中には十分に甘えたり、冷静に自分のためだけに叱られたり、といったことがあり、それがお仕置き行為の中にはいっているので、ディシプリン的なお仕置きを求めるのは理にかなっていると感じます。
そういったことをお仕置きを通して体験するとともに、お仕置きを受けることによってお仕置き欲を抑制していく、そういう自立や自己の成長、そして欲求の解消のための一時的な依存は良い依存でもあると私は解釈しています。

私の場合は悪い依存には絶対にならないように気をつけて接していますし、そうなりそうな場合は口頭でしっかりと警告をして注意を促しています。
逆に良い依存であればどんどんとしてもらっていいと思ってますし、それで少しでも気持ちが軽くなったり人間的に成長できるようになればいずれ自立につながるでしょうし、そういったことを心掛けて、叱ったりアドバイスをしたりしています。


それでは悪い依存とはどういうものかというと、その人にとってマイナス成長であればそれは全て悪い依存です。
しかしそこにはカーさん側の誘導もあったり、キーさん側にも原因があったりしますが、やはりそこを食い止めて成長させていかせるのがカーさんであってほしいものです。
ただネットで知り合ったパートナー関係ではなかなか難しいと感じます、それはカーさんといえどお仕置きに求めるものがそれぞれで、相手を成長させるためにお尻ペンをしたいと思うのは当たり前ではなく、他の動機でお尻ペンのお仕置きのパートナーを求める人も結構いるということです。

悪い依存であるマイナス成長は、単なる欲求のはけ口にしかなりませんし、相手に依存しすぎてしまうということは日常生活にも支障をきたすことでもあります。
そしてパートナー関係において不満を持ったり、物事をマイナスに考えたり、悩んだり、叱られて病んでしまったり、メールの返事が遅かったりしただけでも不安になったり、ちょっとした言動で悪い方向に考えたりと、当初の「お仕置き欲を満たしたい」ということからかけ離れてしまう事になってしまうのです。

また、パートナーさんとの間では、カマをかけてみたり、悪戯してみたり、わがまま言って困らせてみたり、試すようなことをして相手の反応を見ることが癖になってしまう事があります。
本来の愛情表現とは正反対ですが、困らせても構ってくれるか、それでも優しくわがままを聞いてもらえるか、という欲求が強くなって、そんな雰囲気を楽しみたいという方向にシフトしたりする子もいます。

もちろんスパの世界にどっぷりとつかっても構わない人はそれでいいと思います、SMの世界から離れられない人もいますし、それは欲求のはけ口として利用すればいいと思います。
ただ、単純にお尻ペンをされて愛情で満たされたいと思っていた純粋な頃の想いからはどんどんとシフトチェンジはしていっていますし、それはプロセスだと言われればそれまでですが、そこまで受け入れられると心地よくなって、なかなか抜け出せなくなる危険性もあるのです。

それに、特に女性だからこそ、こういう行為は公にはできないし、彼氏ができたり結婚した時にどうやって欲を抑えるかという問題がいつもついて回ります。
なので、どうせリアルでお仕置きを受けるなら、単なる欲求のはけ口であったり、悪い依存になったりはしないように、欲求を薄めていけるようしていった方が大半の人にはいいのではないかと私は思います。

お仕置き未経験の頃は、お仕置き欲に翻弄されて日常生活に支障が出ていたのが、今度はそれにプラスしてパートナーに依存したり、相手を試したり困らせたりするようなことで精神的快楽を求めるようになったり、はたまたパートナー関係で悩んだりで、今度は他の要因で日常生活に支障がでてきて、結局それをどうにかしようと慢性的な依存になってしまいます。

私の場合は悪い依存であるマイナス成長にはならないよう、もしもそういう要素が出てきたらその都度、「ここは成長の場だからマイナスになっていくようなら来てはいけないよ」という忠告はしています。
そうやって伝えることで自分に気づき、直せる子もいますし、もちろんそうやって修正できる子はこれまで通り受け付けています。
また、悪い依存状態で私のところに来れなくなっても時間の経過とともにそうならないようにできるようであればいつでも受け入れています。
とにかくそれだけマイナス成長にはなってほしくない、この場所はプラス成長の場ということを徹底していきたいのです。

お仕置き欲求についてや、欲を薄めたい人、お仕置きに依存してしまっている人、パートナーに依存してしまっている人など、いろいろと悩んでいる人は多いですが、そこら辺の詳しいことは個人個人で違いはありますし、ブログには書けないことも多多あります。
様々なケースについてもどんな内容でも個々に対応していますので相談したい方はカウンセリングやお仕置き依頼で申し込みください。

この場所はお仕置きの場所ですが、カウンセリングで自分の心と向き合ってからのお仕置きです。
単純にお尻叩きだけをする、という場所ではなく、あくまで個人の成長の場として、日常の生活のサポートの場としてのお仕置きの部屋です。
カウンセリングだけでも受け付けているのはそういうことを重視しているからです。



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”お仕置き”が先か”対話”が先か

「お仕置きが先か、対話が先か」というタイトルですが、これは何かをモジったものですがわかりますか?

そうです、これは「ニワトリが先か、卵が先か」という結論がつかないことを示す慣用句をモジったものです^^;
これはどういう意味かというと、「ニワトリとタマゴのどちらが先にできたのか」という問題で、この疑問は深く考えれば考えるほど決着がつかないもので、結論づかない事例の時によくつかわれる言葉です。

私がおこなっているお仕置きも同じようなことがいえるといつも感じています。
私の場合、人のお尻を叩くことに興味があるわけではないんですね、だからお尻を叩きたいという単体の欲求というのはありません。
しかし、その人が何か反省しなければならないことがあって、そういう理由があるのならば、その人の成長のために懲らしめのお仕置きをしたい欲求が出てくるわけです。

反省することや罪悪感を抱えている事が無ければ私はお尻を叩きたいと思うことはありません。
もちろん体験的に叩かれたい人や、治療的にお仕置き欲を無くしたいという人、更には理由がないけど叩かれたいという人もいますから、依頼されれば叩いていますけど、そこに私の叩きたい欲求というものはありません。
そういった場合は、その人の心理的な安定のためのお尻叩きと捉えてお仕置きをしているのでそれはそれでいいんですけどね^^;
まぁでもこういうケースはおいて話を進めます^^;

私は単にお尻を叩くということではなく、その人の人生において成長させるための対話がメインなんですね。
その中で悪いことや罪悪感を感じたこと、他人を不快にさせてしまったこと、約束を守れなかったことなどがあったらその人のために、その人を成長させる目的でお尻叩きの罰を与えたいんですね。
いい感じで書いていますけど、まぁ悪い子は痛みという罰で懲らしめたくなるということで、その目的は成長の為ということです^^;

お尻を叩きたくて活動をしているのかというとそれは違うので、お仕置きが先ではないし
対話だけをしたくてこの活動をしているのかというと、それも違うので、対話が先でもないし
お尻を叩きたくないのかというとそれも違うし
対話したくないのかというとそれも違います。

お仕置きがメインであっても、そこには対話というその子とのコミュニケーションでのつながりがあって、その子の人生を見つめた上で、ダメなこと、成長させなければならない事があってのお仕置きで、もし反省材料がなければお仕置きはなくていいんですね。

また、対話がメインでも、悪いことがもし出てきたらお仕置きをしたくなります。
悪いことがなければお仕置きをしたいとは思いませんし、そのまま対話で終わっていいんですね。
つまり、お仕置きが先でも対話が先でも無いわけなんですね、、、悪いことがあったらお仕置きしたくなるし、悪いことがなければお仕置きしたいと思わないって事です^^;

お仕置きのためにこじつけで対話をするのではなく、普通に会話していく中でその子のことを知り、日常生活においての人とのふれあいや接し方、マナーや礼儀、考え方などを聞いて、偏っている部分や間違った認識がある部分に関してはそこを修正するようにお話をして、人間的に成長があるように話していきたいんですね、そこは対話がメインです。

しかしその中には必ずといっていいほど、悪いことや反省しなければならない事があり、そういう事があったらその子の成長のために懲らしめが必要と感じ、その懲らしめがお尻叩きのお仕置きなんですね。
悪いことが発覚して初めて私はお仕置きしたいと思うんです。

悪いことをしたら単純に懲らしめたり、罰を与えるというのであればそれは機械的なお仕置きであって、単なる懲罰でしかありません。
しかしそこにその子の成長のためという気持ちが入り込んだなら、それは愛情表現でもあり、その子のためのお仕置きとなるわけで、その為のお説教でありアフターケアで、それが私の実行しているお仕置きなんですね。

だからこそ対話がメインであり、その中で表向きな自分ではなく、心の中身を素直に話してくれることを望んでいます。
その上で、ダメなところや反省すべきところがあったときに、私は罰をくだしたくなるわけです。
それは私自身の欲求が、相手の成長のための懲らしめであり、相手の子も反省して罰を受けなければならないという気持ちがあり、それが双方を結び付けているのでちょうどいいんです。

キーさんといえどタイプは様々で、お尻単体を叩かれたい人もいれば、反省する理由があってそれに対する罰として叩かれたい人もいます。
私はお仕置きという名の通り、正当な理由があって、それを正すことがその子のために必要だと判断した時に罰を下します。
そういうタイプの人間です。

これが私の日常の性格でもあるので、これだけお仕置き三昧でも飽きることなく続けてられるんだと思います。
一人の人間の人生を見つめ、成長の手助けをする、その為に必要であればお仕置きをする。
ただそれだけのことなのですが、正当な理由があってのお仕置きというのが私にとっては魅力なんですね^^
ちょっといい人って感じですけど、まぁこれが素直に思っていることですので、私のところに来てマイナス成長になるようなことがあればそれは私の本意ではないので嬉しくありません。

悪いことが無ければ対話のみでも構わないのですが、もし悪いことが発覚してもお仕置きができないとなるとモヤモヤだけが残るでしょう(笑)
それでもお仕置き無しと前もって宣言してくれれば悪いことがあってもお仕置きをすることはありませんし、その時は事前に了解した上なので、モヤモヤすることもありません。

そして前もってお仕置き有りと依頼してくれればお仕置きをしますが、そういうの抜きでお任せであれば、お仕置きすべきことがあった場合にお仕置きし、何もなければ対話だけ、そういう方式をとっています。
ま、対話で何も出てこなかった時は、念のため反省することがあるかは聞きますけどね^^;



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罪悪感の処理

前記事の「お仕置きを受けるべきか」の内容に質問があったので、この場でお答えしたいと思います。

最後の方のところに書いたのですが
-------------------------------------------------------
つまり私のお尻ペンのお仕置きは、二段階なんですね。
第一段階は、反省するまでしっかりとペンをします。
しっかりと反省したら第一段階のお仕置きは終わりです。
そして次に第二段階に移り、悪い事の罰としてペンをしていきます。
-------------------------------------------------------
という部分で

「2段階目の お尻ペンで 罪を償ったとして、罪悪感はきえるんですか?」
という質問がきました。

強い罪悪感に駆られたときにそういった質問をしてくるキーさんは結構います。
罪悪感は消えるかどうか。
これは気になることですし、厄介な罪悪感なんて消し去りたいものでもありますからね。

ただ、罪悪感というものを全て消し去ってしまっていいものでしょうか。
確かに罪悪感という部分に対してもお仕置きをしていますが、私の基本姿勢は、罪悪感を消し去る事ではありません。
どんな悪い事をしてしまったとしても、それを反省し、そのことによって成長をさせることが目的です。

なので、本来はその罪悪感は忘れる事のないように、今後もそのことを肝に銘じて過ごし、同じ過ちをしないと意識し続ける。
そういうことが大切だと思っています。

それとは逆に、本人が罪悪感を消すことでプラスになるならば、消し去ってもいいとも思っています。
ただ、普通であればいくら反省しても、いくら罰を受けても、そして罪を償ったとしても、心に残るような大きな罪悪感というものはきっと忘れることはできないものですよね。
忘れても、ふとした時に思い出すものです。

私はいつまでも大きく罪悪感を抱えたままでは前に進めないと思っているので、罰を受けた事である程度罪悪感に終止符を打ち、それをけじめとして、または落としどころとして心の整理をつけることが大事だと考えてお仕置きをしています。

罪悪感を薄めるために痛みのある罰を受ける
ある程度の痛みを受けて前を向けるようにしていく。
そう考えていけばいいのではないでしょうか。

なにも痛みを感じずに、ただ心の反省だけではやはり心に罪悪感が残り続けてしまうものです。
そのような状態でいるよりも、しっかりとお仕置きを受けて、痛みという罰を受ければ何もしないよりはいいはずです。
そしてなにより、そのことを教訓に、決して忘れることなく今後の人生を送っていくことが大切なのです。

罪悪感を消すためにお仕置きを受けるのもいいでしょう、罪悪感を薄めるためにお仕置きを受けるのもいいでしょう。
ただ、お仕置きを受けたからといって罪悪感は消えるものではありません。
それはそれぞれの心の持ちようで、その区切りとしてお仕置きがあると考えてみてはどうでしょうか。


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お仕置きを受けるべきか

私のところにこんな質問が届きました。
ただ、この質問、返信ができない状況だったので、ちょっとブログに書いてみることにしました^^

その質問は
「自分の中で消してしまっていても、自分で反省して次に活かし成長できていたとしてもお仕置きは必要ですか?」

という内容だったのですが、こういうことで考えてしまう人はまぁまぁいるでしょうね^^
悪い事をしてしまったとしても、しっかりと反省をし、そのおかげで成長していればいい方向に進めたということですからね。
しかもそのことを自分自身で消したいと思っているのでしょうから、なおさらお仕置きを受けなくてもいいのではないかと考えてしまうでしょう。

もしかしたらそうではなくて、この方はキーを卒業したくて、できる限りお仕置きを受けない方向に考えてるのかもしれませんね。
しかしそれでも反省しなきゃいけない事をしてそのままというのができなくて心に残ってしまうんでしょう。
そうであるならば、この方はどこまでもキー気質な方なんですね^^

で、私の見解ですが、悪い事をしてしまった事に対して、反省して成長したからといって許されるわけでもないし、そのことによっていい方向にいったからといって、自分の中から消していいという事ではないと思うんですね。

誰かに対して何かしらの迷惑をかけたり、不快な気持ちにさせたのならば、相応の罰を受けて償うことは必要だと私は思います。
もちろん他人に迷惑をかけていなくても、自分に対する罪悪感があるのであればお仕置きを受けるべきです。
ただ、自分に対しての罪悪感に関しては自分のことなので、反省しなくてもいいと思っているのであれば、お仕置きの必要はないと私は思いますけどね

話は大きくなりますが、何かしらの刑法違反の場合は、どんなに反省をし、その事によって成長し、仮に国に多大なる利益をもたらしたとしても、その罪から逃れることはできませんよね、そこには必ず刑罰という罰があります。

刑法違反と同じように、それがマナー違反であっても、他人に迷惑をかけたり不快な思いをさせた場合であっても、私は同じように考えています。
刑罰ではありませんが、お仕置きという罰を受けて償いをしたり、様々な事にけじめをつけたりするのです。

また、お説教はなぜするかというと、それは悪いことに対して、どうして悪い事なのかを説明して、今後それを生かしてどう成長すべきかということを理解させるためにあると私は思っています。
なのでこの方の場合は、反省して成長できているわけですからそこまでのお説教は必要ないと思いますが、お尻ペンのお仕置きは、悪い事の罰として受けなければ、償ったことにはならないでしょう。

私のお仕置きへの考えはこういうことを基本としています。
反省して謝ったからといってお尻ペンをしなくていいことにはなりません、キーさんはそろって「反省したからペンはいらない」といいますが、そういう事ではないんですよね^^;

つまり私のお尻ペンのお仕置きは、二段階なんですね。
第一段階は、反省するまでしっかりとペンをします。
しっかりと反省したら第一段階のお仕置きは終わりです。
そして次に第二段階に移り、悪い事の罰としてペンをしていきます。

なので、しっかりと反省していい子になっている子の場合は、ただ単に第一段階のお尻叩きがないだけで、第二段階の悪い事の罰としてのお尻ペンはしっかりとあるわけです。
つまり、私のお仕置きはそういった言い逃れができないシステムとなっているんですね(笑)




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お尻ペンの厳しさ

スパのお仕置きは当然お尻ペンですが、痛みの感じ方というのは人それぞれ違うものなんですね。
皮膚が弱い人もいれば強い人もいます。
痛みに弱い人もいれば強い人もいます。
強い痛みを欲しがる人もいれば、軽めのペンで満たされる人もいます。

お尻ペンで重要なのはどれだけの痛みを与えるかということで、その痛みの度合いが罰でもありますよね。
悪いことほど、または同じことを繰り返すほど厳しくなる。
その中で反省している態度や、お仕置きを受ける姿勢も加味してお仕置きの厳しさというものは決められていきます。

ただそんな中でも、比較的皮膚が弱い人は痛みにも弱い傾向にあるし、皮膚が強い人は痛みに比較的強いという傾向があるものなので、今回はその部分を考えてみたいと思います^^;

どういうことかというと、痛みの感じ方が違うのに、お仕置きをする側が同じ加減でお尻ペンをするのはどうなんだろうということです^^;
叩く側からすると、正確に痛みを測ることはできませんよね、あくまで叩いている時のお尻の状態とキーさんの反応で感覚的に判断しているわけです。

皮膚の弱い人って軽めにケインで叩いても血が滲んでくることがありますし、皮膚の強い人はケインで思いっきり叩いても全く傷にならないという強者もいるんです(汗)
お尻の状態からすると血が滲んだ方が厳しいはずですが、そうとも言えないのです。
つまり、単にお尻の状態とキーさんの反応だけではお尻ペンの痛さは測り知れないところもであり、同じ罪だから同じ痛みを与えるというのは当たり前ですが至難の業なんです^^;

人によってはそこまで厳しくしていないのにお仕置き後にソファーに座るのもお尻が痛くやっとだったり、かなり厳しくしたはずなのに、さほど痛みを感じずにソファーに座る人もいます。
これって平等ではないような気がしてならないんですよね、皮膚が弱い人は損しているような…。
さすがの私も不平等さは理不尽だし、ちょっと可愛そうに感じてしまうときもあります^^;

もし、痛みを測る装置というものがあったらそれこそお尻ぺチンの痛さを公平にできるのですけど(笑)
そんなことを考えてしまう今日この頃です・・・。
最近お仕置き依頼してくる子に皮膚の弱い子が結構多いので、そんなことも考えてしまうのでしょうか^^;

まぁ、こればかりは感覚的なものなのでどうにもならないものですが、もう少し痛みの事情を加味したお仕置きを心掛けていくようにしたいと思うようになりました。
痛みも物足りないくらいがいいこともありますからね^^
お話しをして厳しくして欲しい人には厳しく、軽めにしてほしい人は軽めに、そしてお任せの人はお任せというように、私の基準だけではなく個々にお話しして、希望があればそのようにしていくので、今後はあまり痛みに対して怖がらなくても大丈夫です。

まだ勇気が出なくてブログやサイトを覗いているだけのキーさんや、その予備軍の人、この機会に依頼してみて下さい。
またキーさんではない人も最近チラホラきていますから、そういう方も是非どうぞ。
よく誤解されるのですが、依頼はキーさんでないと受け付けていないということはありませんからね、どなたでもお気軽に連絡ください^^



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キーさんを見ていて思う事

私はこの活動で、いろいろな人と会って、いろいろなお話を聞いています。
話といっても楽しかったという話ではなく、悩みや嫌な事、これまでの人生についてのあまり人に話せないような重い話が多いですね。

本人たちは決まって「他の人と比べたら、たいした悩みではない」といってきますが、自分が真剣に悩んでいることは他人と比べるものではなく、本人がどれだけ精神的に参っているかだけなんですね。
つまり他人と比べた悩みの種類ではなく、心の辛さという自分の中で比較することなんです。

だから私はそういった話を重く受け止めて、どんな悩みでも、そのすべての登場人物に共感し、それらの心理を読み取りながら客観的にお話をしています。
本人の思い込みが激しかったり、偏った解釈をしていることもありますから、そういう思考の歪みを指摘していったりしています。

私の場合、若い頃から仕事の立場上、そういった話をよく聞いていたので、人間の汚なさや純粋さ、そこで繰り広げられる裏の人間模様などには、そこらの人よりは理解しているつもりでした。
でもここに来るキーさんは、私がこれまで接してきた人間よりも更に純粋な人、根が真面目な人が多く、本人は真面目ではないとか、腹黒いとか、性格が悪いと言ってはいても、私から見たら純粋で真面目にしか映りません。

まぁそれは真剣に自分のことを私にさらけ出しているからかもしれませんが、それでもやはり今までかかわった人とは人種が違うというか、真面目で一生懸命に生きているなって感じます。

そういう子たちを間近に見ていると、その子たちを通して、自分の人生を見つめなおせているような気分にもなるんですね。
それは、その子たちの世界に入り込んで、その出来事を共有したり、またはそれを自分の人生に当てはめてみたりしてみてです。

んー、何でしょうかね、みんな共通している部分は純粋なところですから、私がその純粋さを補充したいのかもしれませんね。
多分キーさんといて満たされるのはそういう部分に触れているからでしょうかね。

まぁそれでもいろいろなタイプの人がいますけどね、素直に赤裸々にしゃべる人は多いですけど、強がって本心を話そうとしない人もいます。
それも話していてわかるんですけどね、突っ込むと意地を張るだけなので、いつかそういう壁がとれればなと感じたりもします。

ちなみに、私はお仕置き活動をしていますが、お仕置きとお話(カウンセリング)は別物なんですね。
話を聞いてあげたい欲、話を聞きたい欲というものがあるんです。
それは先ほど書いた自分の心を埋める為なのかもしれません、そして私の言葉で多少なりとも心が軽くなればという欲もあるのでしょう。

それとは別にお仕置き欲というものがあります。
悪いことがあったり、見逃されてきたことがあったら、それに対してお仕置きをしたくなります。
お仕置きは、相手は嫌がる気持ちがあり、懲らしめの為のお仕置きですね。

その二つは別物で、二つの欲があるからこそお仕置きの世界に居続けたいのかもしれませんね。
まぁだからこそ、話を真剣に聞きたいし、全てを受け止めてあげたいとも思うんだと思います^^

キーさんではなくても、キーさん的な性格の人は自分一人で背負って、自分で何とかしようとしてしまいます、友達や家族に話せないこと、そういう話でも私のような第三者には話はしやすいと思います。
私のところは住所や氏名、個人情報に関しては言う必要はありませんから、そして私との話は他で話したり、ブログ等で書いたりも一切しません、私自身に科した守秘義務で他に漏らすということはしていませんのでそこは心配いりません。

ここはお仕置きが無しで、お話しだけでも受け付けているって知らない人がいるようですが、大丈夫です、お仕置き無しでお話しだけでも受け付けていますし、それで来ている人もいますからね^^
行き詰まりそうな人、相談したい人、どうしていいかわからない人は気軽に連絡ください、そこらのカウンセリングルームより刺激になるかもしれませんよ。





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SMにシフトしていくキーさん

これはつい先日に書いた記事なんですけど、「もうちょっとわかりやすく」というご意見があったので、多少書き直して再度アップします^^;


お仕置きやお尻ペンという言葉に反応してしまう人をはじめ、お尻ペンペンのお仕置きを求めてしまう人をキーさんと呼びますが、その中でもディシプリン派のキーさんというのは性的要素の一切ないお仕置きを求める人のことを指します。

その裏には、自分自身に対して真剣に向き合って欲しい、構って欲しい、甘えたい、自分のために叱ってほしい、何があっても見放されない、等の要素が隠されていて、それらの根源は何かというと愛情を求めているということです。

実際にお仕置きを目撃したり、学校で叱られているのを目の当たりにしたり、アニメを見たりして、そこに温かい愛情を感じるからこそ引き込まれてしまう事につながるようです。
そのお仕置でも、ただ叩かれるだけというのとは違います。
虐待的なお仕置ではキーさんは反応しません、むしろ嫌悪感を抱くことでしょう、なぜならそこには愛情がないからです。

愛情で満たされたい→お尻ペンペンされたい→悪いことをする
という逆の図式が無意識に成り立っているのですがそこまで気が付いているキーさんは少数かもしれません、そこがはっきりとはわからないので、なぜだかわからないけどお仕置きを求めてしまうということになるのでしょう。

キーさんのお仕置きへの思いは幼少期(幼稚園~小学校)から抱えている人が多いようです。
そしてその気持ちや欲求を抑えられなくなってリアルでお仕置きされるわけです。
それは何かしらかの愛情を求めてです。
ただ、無意識に愛情を求めている子は、愛情を求めているという自覚がなく、ただ単にお仕置き欲求を満たしたいという思いだけがあり、そこが自分は変じゃないかと悩むところでもあるようです。

で、この求めている愛情がいつの間にか愛情ではなく痛みに変わっていくと、スパからSMにシフトしていくことにつながるんですね^^;
シフトしていく子は元々キーとMの両方を持ち合わせている子が多いようです。
シフトしていくとはスパ的なお仕置からSM的なお仕置きへ求めるものが変わっていくということです。

どう変化するかというと、ちょっとしたきっかけで、本来は愛情を求めていたのに、それが痛みを求めるという形に方向転換してしまいます。
そうなると、「痛くないと満たされた感じがしない、だからもっと痛みを与えてほしい」と、痛みを追求してしまい、それはSM的な意識となってしまうんですね。

これはキーさん側の意識の変化もそうですが、お仕置きする側のカーさんの方針に大きな影響があると私は思っています。
だから痛みを追求させないようなお仕置きを、カーさん側がしていかないといけないと思います。

カー側がキーさんに痛みを求めるように、SM的にシフトしていくようにと、無意識にでももっていってしまえばそれは調教とも言える行為となってしまうのです。
その調教によってSM的な形に誘導し、そのキーさんは痛みを求めてしまう。

本来は
「お尻ペンペンのお仕置きを求めているのは愛情を求めているからだよ」と教えてあげなければなりません。
「痛みを求めているんじゃなくて、愛情を求めているんだよ」と教えてあげなければなりません。
なんでかというと、お仕置きに愛情を求めているのかどうかというのは本人からしても曖昧な感覚でいることが多く、はっきりとした自覚がないので、そこを捕捉させて本来求めているものをはっきりとさせてあげることが大切だからです。

なので、そこを考えないで痛みばかり与え続けてしまったり、意識的に痛みを我慢することに重点を置いてしまうと、結局は痛みの追及になってしまい、痛みが強くないと満たされなかったり、より限界までの強い痛みを求めてしまう事につながるんです。

これではキーを卒業してSMという世界に入学してしまうようなものなのではないかと思います(笑)
SMが悪いといっているわけではありませんよ^^;
キーでMである人は普通にいますし、それはそれで全く問題ないのですが、ただ本来の求めている愛情というものを意識していないと、いつの間にか痛みを求めてしまう行為になってしまいます。
もしお仕置き欲を消したいという思いがあるとしたら逆効果になってしまう恐れがあります。

シンプルに考えて、子供がお仕置きをされるのに痛みを求めているなんてまず有り得ませんからね、でも構って欲しくて叱られるような悪戯をするというのは普通にありふれていることで、それは決して痛みの追求ではありませんからそこをよく考えると実感できるかもしれません。

また、ドMさんでもスパのお仕置きはSMのお仕置とは別物という考えの人は普通にいて、ドMさんでもスパのお仕置きを求めて来る子もいますからね。
そこは意識の切り替えができているので問題はないんです。

ここに書いたのはそうなりたくない人に対して注意してほしいということです。
お尻ペンペンはキーさんにとっては一番重要ですが、痛みを追求しすぎたらそれは拷問的なお仕置きになるはずです。
そうなると、もともと心に持っていた家庭的なお仕置きとは違うものになりますよね、そういう意味なんです。




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お行儀

私の所にはいろいろな女の子が来ますが、そのほとんどは何かしらの反省内容をもってきます。
それについて基本的にはお仕置きをするのですが、女の子によっては行儀が悪いことについてもお仕置きになってしまいます。
女の子によってはというより行儀が悪い子にはという方が正確ですね^^;

行儀とは、私と一緒にいて、言葉遣いが悪すぎたり、姿勢や足癖が悪かったり、横暴だったり、整理整頓ができていなかったりです。
まぁ私のところに来るときはある程度猫はかぶっているのでしょうから、わざわざ行儀の悪さを出す人はそうはいないのですが、たま~にいるんです^^;

靴を脱いだ時にきちんと揃えない、そういう子に注意をすると一応靴を揃えるのですが、微妙に曲がっていたりします^^;
どうせ直すのなら綺麗に揃えればいいのですが、そこまで気が回らないみたいです^^;

スカートなのに足を開いて座ったり、足を使って物を動かしたりする子には「女の子なんだから行儀よくしなさい!」と注意します。
しかしそういう子に限って「どうして女だからってしなきゃいけないの?」と反発してきます^^;
そりゃそうですよね、男ならよくて女ならダメということは本来あってはいけないことですけど、やはり私は女性としての品格というものを大切にしてほしいという気持ちから、なぜ女性は行儀よくしなくてはいけないかということをじっくりとお話しをしていきます。
もちろんこれは私の価値観での話なので、それで納得をしない場合、それをするのに信念のようなものがある場合は、私が引き、おとがめなしとなります。

その他にも鞄を雑に置いたり、何も考えずそこらに置いたり、ソファーやベッドで飛び跳ねたり、物を渡すときに投げるように渡したり、言葉遣いが悪かったりするたびに「お行儀が悪い!」と注意してお話しします。

でもそういう子に限ってすぐ同じことを繰り返すんですね・・・。
結局注意で終わることを繰り返すことによってお尻ペンのお仕置きとなってしまうわけです^^;

女性の品性、品格、立ち振る舞いというものはその人からにじみ出てくるものです。
ちょっとした姿勢、丁寧な仕草、気遣い等でその人の印象は変わってきます。
まぁこれは男性にも言えることですが、やはり女性には女性としての品性をどんどん磨いていって立ち振る舞いを美しくしていってほしいなと個人的には思います。

お行儀が悪くてお仕置きにならないように普段から行儀よくを心掛けてみてはどうでしょうか^^
はたからみて美しいものですよ、そういう女性を目指すのもいいのではないでしょうか。



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嘘をついても嘘はない

去年の9月から年末までの短い間、私はツイッターをしていたのですが、そのときにツイートした言葉です。

「嘘をついても嘘はない」 by京介

まぁ名言とまではいきませんが(笑)
私が普段考えている事であり、とても大切にしていることです。

これは「相手に嘘をついてしまっても、それを告白した時点で嘘はない」という意味です。

なぜ嘘をつくかというと、それは自分の保身であったり、相手を傷つけないためであったり、更には相手をだますためというのが一般的です。
でもこういう嘘は一度ついてしまったら時間がたてばたつほど訂正しずらくなったり、相手との関係が良くなればなるほど今更言えなくなってしまったりしてしまいますよね。
それは気まずいし、嫌われるかもしれない、呆れられるかもしれない、見捨てられてしまうかもしれないという不安がつきまとうので当然のことです。

嘘といっても軽い嘘から重い嘘までありますが、例え軽い嘘でどうでもいいような嘘でも、一度ついてしまって、その土台で話が出来上がっていってしまったものについては今更「実は・・・」なんてなかなかいえませんよね^^;
でもそれによって嘘をついてしまったことに罪悪感を覚え自己嫌悪に陥って嫌な思いをするのは自分です。
まぁそういう思いになるのは根が真面目な人に限りですけど^^;
嘘を告白したくてもそんな勇気もないし、なによりも嫌われること、見捨てられてしまう事に不安を感じてそれはできないものです。

でも私の場合ですが、嘘をついたことは悪いことだと思っていますが、嘘であることを告白できたことはそれを上回る素晴らしいことだとも思っているんです。
これらを相殺しても嘘を告白した勇気の方が断然上回ると私は思うわけです。
だからこそ、嘘の告白によって、その人を嫌うとか、呆れるとか、見放すとか、そういう感情にはなりません。
むしろ、気まずくても人に言いにくい心を私にさらけ出してくれたということで、信頼が強くなりますし、この信頼はお互いにとって強固なものになるのです。

もちろん嘘をついたことは悪いことですからそれについてはお仕置きをしますが、お説教の時は必ず”告白した勇気”を褒めますし、今後もその心だけは忘れないようにと一言添えています。
告白することで、今までは嘘ついていたけれど、その時点でもう嘘はなくなるのですからそれでいいんです^^
私の中では「嘘を告白してくれる」「本心をさらけ出してくれる」ことに相手の人間性を見出しているのでそうやって捉えてしまうのかもしれませんね。
ま、正直嘘の告白は違う意味で嬉しいです^^

ただ、これは私に対しての嘘ですから、私がそういう考えだから許せるわけでそれが誰にでも通用するわけではありません。
一般的には嘘をついていたことを告白すると怒って許してくれない人は多いような気がします。
実際に私の所には、他で嘘をついてしまった事に対する罪悪感を抱え、それについてお仕置きをしてほしいという子がちょくちょくきます。

特に多いのが、友達、彼氏、配偶者、に対しての嘘ですね。
そして一番深刻なのはスパパートナーであるカーさんに対しての嘘だと思います^^;
今更気まずくて悪いことを告白できない、約束したからできなかったとは言えない、同じことを繰り返しているから言えなくなる。
でもそんな罪悪感がつのり、私のところへお仕置きにきたりするんですね。
いやいや、本来はそういうことを反省するためにパートナーになったはずですよね^^;

私としてはそれは全く構わないのですが、私自身はそのように言えなくなってしまう関係は築きたくないというのを念頭に置いています。
私の所だけは嘘をつかないでいい場所、なにを言っても見捨てることは無い唯一の居場所と認識し続けてほしいと思っています。
実際に私はどんな話でも引くことはありませんし、私の話をしっかりと聞く耳をもっていれさえすれば拒むことはありません。

嘘や秘密は一人で抱え込んでいるものですが、心の奥底では誰かには話したい、理解してもらいたいと思っているものです。
そういう部分を吐き出せるような雰囲気を私の中で構築し、それを維持し続けたいと思っています^^



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スパ的な毎日 お仕置きブログ 精神と心の部屋

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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。

なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。

このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、最初はS的な欲求を満たすために足を踏み入れたのですが、どんどんと精神的な心の部分を追求するようになっていきました。
そうしているうちに”人間の心や本質”をもっと追求したくなり、そうなるとSMに何かしらの違和感もでてきて、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている今この場所にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、SMは性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っていたり、性欲を満たすのに貪欲すぎるところです。
もちろんSM的な事は面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのですが、性欲以外の部分を満たすためにはちょっと物足りなかったんです。

そんな中、キーさんと関りを持つことで心地よさを感じ、私の求めていた精神的な世界を見つけたって感じなんですね。
スパの”カー”からSMの””に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分があるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。
そういう人たちと出会い、関わっていきたいと思ってブログを書こうとなったんです^^

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いてしまい、いけないと思っても頭から離れないケースや、親子関係の確執や養育環境であったりと、何かしらのきっかけがあるものです。
みなさんは揃ってお仕置きの事を考えてはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません。

ではどうしたらいいのか。
どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまって支障が出ていた日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ここでは、悩みや闇を抱えている人はもちろん、欲求や思いを吐き出し、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そしてこんな風に思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでこの家庭的なお仕置きに対してSMのような概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要な、ある意味健全な事と解釈しましょう。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる心の解放の場であり居場所でもあります、そして人生において成長の場と捉えれば必要な場所にも変わってきます。
なのでスパという概念も捨てて、客観的に自己を見つめるためにお仕置きに関わる、という意識になることがとても大切なことだと思います。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。
人としてどうなの?ということだとしてもそれを話してくれたことに私は親身さを感じてしまう性格なんです。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことは基本的にすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にしてください。
どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんのでそこは安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

何度も言いますが、お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いとなりますが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください。

京介

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