キーかМか、、、お仕置き体験その②

続きです。

このサイトを立ち上げてからすぐ位のころでしょうか、これまで三人だけSMの体験をさせたことがありました。
その子たちは共通して「Мなのかキーなのかわからない」と悩んでいたんです。
それは空想上や妄想上の悩みではなくて、実際にSM的なこともスパ的なことも体験した上で訳が分からなくなっていたんですね。

私はスパのお仕置きの後に、「SMのお仕置きとスパのお仕置きの違いを体験したいなら、日を改めてならしてあげてもいいよ」
というようなことを言ったことがありました。
それは私はSMの活動をしていたこともあり、スパのお仕置きとSMのお仕置きの明らかな違いがよくわかっていたからです。
その行為で本当に求めているものが分かればいいかなと思ったのですが、日を改めてと言ったのはスパとSM的なことを意識的に分けるために同じ日や同じ場所ではしたくなかったからなんですね。

明らかな違いというのは支配するものとしての意識からくるものですが、言動や顔つきでその場の空気を変えていきます。
そういった雰囲気作りは大切で、そうやって相手の精神的な部分をコントロールしていくのです。
どんなお仕置きの違いか簡単に言うと、スパは親から子への愛情溢れる叱りに対して、SMは虐待的、より支配的で理不尽な叱りも含まれるという感じです。

それを3人それぞれに実践してみて、SMのお仕置きに対してどう感じるかということを検証していきました。
3人ともSM行為はあまり経験はしていなかったものの、カーさんからSM行為をされて嫌悪を覚える傍ら、感じてしまっている自分にも気が付いていた感じでした。
このキーさんたちが嫌悪していたのはスパのお仕置きなのにSM行為をしていたからだと私は感じ、だから今回はスパではなくSMということで体験をさせたいと思ったのです。

実際どうだったかというと、3人ともSMに対しては本人たちが思っていた以上に快楽を感じ、SMを求めていることが分かったようです。
同時にスパがなければ満たされず、その部分はSMでは決して満たすことができないということも分かったようです。
つまりスパとSMは別物で、スパは精神的な安定のために必要で、SMは性的快楽のために必要だということです。
キーでありМでもあることは普通のことでもありますが、一番苦労することはパートナー問題でしょうね^^;

今現在の私のこの活動では、体験したいということでもSM行為をすることはありませんが、雰囲気や言葉でその違いを感じさせてあげたり、カウンセリングでキーかМか、はたまたその両方かを診断したりはしていますよ^^





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キーかМか、、、お仕置き体験その①

キーさんの中にはお仕置きに対して”スパを求めているのかSMを求めているのか”が分からない人ってまぁまぁいるんですね。
多分キーだと思うけど違うかもしれない、SM的なことも考えてしまうから自分はどうなんだろうという感じです。

お仕置きに興味をもっていろいろと検索してみるとSM的要素なお仕置きがたくさん出てきて、そういうのを含めてお仕置きと認識してしまうこともありますよね。
そうやってSM的な部分を受け入れないとお仕置き体験ができないと思ってしまう子も多いんです。
しかもスパのお仕置きとSM的なお仕置きというのは、その世界を知らない人から見たら同じに見えてしまうこともあり、それはお仕置きに憧れを持つキーさんの一部も同じような感覚なんですね。

そして体験の結果、SM的なお仕置きに対して多少の違和感を感じつつも心地よさも感じ、ある程度満たされるのでそのまま流されてしまう子もいます。
でもそれはキーの部分とМの部分が混在しているからこそ違和感と心地よさの両方が混在しているんだと思います。
ただ、そういう場合はスパのお仕置きは別でするというようなことをしていかないと心が満たされないままでいることにつながります。
SMはSMですればいいんです、そしてスパのお仕置きの欲求が出た場合にはスパのお仕置きをしてくれる人を探せばいいわけです。

М要素がなければSM的なお仕置きには心地よさは感じることはあまりないのですが、SM的なお仕置きとスパのお仕置きで共通している部分もあるのでまたややこしくなるんです。
それは、「支配下にはいる、叱られる、追い詰められる感覚、抵抗しても押さえつけられて叩かれる」というようなことで、これはキーでもМでも満たされる部分が似ているんですね。

だからこそ、キーであり、Мでもある人は自分がMなのかキーなのか、またはスパとSMのどっちを求めているのかがわからずに悩んでしまうんです。
しかもそのことを相談する相手もなく、パートナーに相談したらほとんどはSMに誘導されてしまうでしょう。
そうやって流されてしまう背景には、女性はもともとМ要素を持っている人が多く、キーであるけれどМでもあるという人は普通にいて当たり前で誘導されやすいからなのではないかと私は思います。
なのでキーの部分は一切捨てる必要はなく、性欲の部分でМになればそれでいいわけです。

こういう相談は軽いものから重いものまでカウントすると、かなりの人が一度は悩み、相談してくることが多いんですね。
現在の活動では、SMに対する「”考え方””精神的な部分の捉え方””言動や行動”」などを説明して疑似的にSMとはどういう行為なのか、それを自分でイメージしてみてどう感じるのかというのを言葉で説明したりアドバイスをしたりしています。
その結果、実際はキーであり、Мでもある人が多いですね、稀にですが、キー要素がないМなだけだったという人もいましたね^^

まぁ、過去には実際に体験させたこともありました^^;
そんなお話をカミングアウトしようと思います。

続きはまた後日に・・・。

ちょっとした出来心

前記事で縛りの話を書いていてちょっと思い出したことがあったのでそのお話です。

遠い過去にこんなことがありました。
キーさんにお仕置きをし、ベッドでまったりとした時間を過ごしていた時のこと。

私はおもむろにきんちゃく袋の中から麻縄(体を縛る用の麻の縄)を取り出して
「これわかる?」
と聞くとそのキーさんは首をかしげながら
「ひも?何に使うの?」
というので
「これで体を縛るんだよ」
というと
「へーー」
と分かっているのかいないのか微妙な返事、そのような知識が全くないキーさんだったんですね。

で、なんで私が麻縄を持っていたかというと、事情があってお付き合いのあるM女さんからその日に受け取っていたからなんです。
もちろんきーさんを縛るために用意したわけではないですからね^^;
たまたまキーさんと会う日と重なっただけですから。
キーさんといっても何度も会っているお互い気心の知れたキーさんです、でなければこんな会話できません(汗)。

で、私は冗談半分、本気半分で
「縛るの体験してみる?」
というと
「え、やだやだやだ」
との返答
でも私からするとその解釈は
「縛られてみたいな」
だったんですね。
それで
「じゃあ、足だけだから、大丈夫だから」
ということで、両足だけをボンレスハムのような感じで縛っていったんですね。
そしたら
「やだやだやだ、本当にやだ」
といい、その聞こえてくる声に心地よさを感じ(笑)
でもそんな言葉は無視して縛っていると、、、。
なんとそのキーさんの目からは大粒の涙が・・・・。

そうです、真剣に泣いちゃったんです、、、。
それを見た私はというと、
こんな素の涙も滅多に見れるものじゃないと、数秒間ですがその泣き顔を観察してしまいまして、それから縄を解きました^^;
まさか大の大人がこんなことで泣くとは思わず、私のちょっとした出来心で思わぬ収穫を得ることができました!?
いや、収穫ではなくて、ちょっとした出来心で怖い思いをさせてしまいました(汗)

そのキーさんにどうして泣いたか聞いたところ、なにやら私の顔つきが変わって怖かったのと、縛られること自体が怖かったとのこと。
私は顔つきを変えた覚えはないのですが、無意識に変わっていたのでしょうか???

そのキーさんとは長い付き合いで信頼関係もしっかりあるのでこういう行為ができたのであって、他の子であれば絶対にしませんからね、どうか誤解をしないようにしてください^^;
縄を解いた後は何事もなかったように仲良くお話ししましたから何も問題はなかったんでしょう(笑)

まぁつい出来心でこんなことをしてしまいましたが、今後は細心の注意を払いたいとその時に思いました。
お仕置きにはSMを持ち込まないというのはどんな状況でも徹底していますのでご安心を^^



縛ることについて

ついこの間、休止前から私に会いに来ていたキーさんが久しぶりに会いに来ました。
お仕置きをして帰り支度をしていた時の話、そのキーさんは
「京介さんにSMしてって言ったらしてくれるの?」
と聞いてきました。
まぁその子の場合はSM的な行為も他でしてきたこともあり、話題ではそのSM行為の時の話や私が過去にSMをしていた時の話もでてはいたんですけどね。

私はその瞬間に「縛るのは別にいいけど裸はどうなんだろう?」というようなことを考えていて、数秒「うーーん」と唸った後、
「服の上からなら別に構わないけど」
と返答しました。
お仕置き時に縛るわけじゃないし、アフターフォローの一部として緊縛体験もいいかなって思ったんですね^^;
仮に縛ってお仕置きしてくれとの要望があったらどうするだろうというようなことも脳裏に浮かびました。
どうしましょう;;;、まぁそれはケースバイケースで^^;

私は過去にSMの世界にいて一通りのことをこなしているので一応緊縛(縄で体を縛ること)もできるんですね。
そんな話をお仕置き後の会話の中でたまに出ることがあって、そうすると一度は縛られてみたいという人と縛られたいとは思わないという人と両者に分かれるのですが、やっぱり縛られたいと少しは思う人が多いですね。
かといって私に縛ってとお願いしてくる子はいませんでしたけど^^;
まぁそれはやっぱりそういう空気というか雰囲気を私が作っているからでしょうかね、お仕置きにはSM的なことは持ち込まないとしつこいほど言っていますからね。

でも裸になったり、SMプレイに移行しない限りは別にいいんじゃないかなって最近思うようになりました。
体験ですからね、SMプレイはしないのですから、もっと体験したいことはさせてあげてもいいんじゃないかなって思ったんです。
そう、私自身がしっかりとした意識を持ってさえいれば、相手がどんな気持ちになろうとも性的なことは有り得ないのですからね。

キーさんのほとんどの人が自分がМかキーか一度は悩んでいると思います、そして別にキーとМの両方を持っていても問題ないのにМというものに嫌悪している人もいます。
私はそんな悩める人たちに区分けの意味で分かりやすくМとキーの違いを説明してきていますが、実際問題に区分けしきれずに悩んでいるのであれば線引きは必要なく、別にМでもキーでもどちらでもいいと思うんですよね。
お仕置きの時に性的要素を含まないものを好むのか、性的要素を含むものが好きなのかで分ければそれでいいんだと思います。
人間誰でもS性М性は持ち合わせており、そのどちらかが強いかということなので嫌悪することなく、女性という性質からМな性格が多いこともあります。
キーかМか分けようと思ったことでより悩み苦しむ人は、シンプルにお仕置きを受けたいだけでいいと思いますよ。

まぁMだからと言って縛られたいと思うかというとそれも違いますけどね、奥が深いんです。
ま、要望がない限り、私がお仕置きにSM要素を出すことは一切ありませんからご安心を^^



勝手にスパ講座 最終回 「キーとM(マゾ)の違い」

スパとSMのややこしい関係 勝手にスパ&SM的講座、最終回は「キーとマゾヒストの違い」について考えてみたいと思います。

キーやカー、スパ、SMについてが分からない人は用語説明をご覧ください。
スパ用語、SM用語を簡単に説明してあります。

一般的にキー=マゾヒストと認識しがちですが、これがまた違うんです。
どこが違うかというと、これは捉え方によっても違うのですが説明したいと思います。

まずマゾヒストは屈辱感、被虐感、羞恥感、痛み等により性的興奮を得る性質があるのです。
支配され、奴隷や人形のように扱われたり、からかわれたり苛められたり、言葉責めされたり、そういったことを快楽と認識し心地良さや喜びを感じてしまう人もいます。
この全てに当てはまるのではなく、どれか一つでも当てはまっていれば立派なMだと思います。
羞恥心を煽られ言葉で虐められることで性的興奮を得る、例えそれ以外のことには興味がなくても立派なマゾなんですね。
マゾといってもいろいろな嗜好があり、とくに支配感を求めるマゾはどんな命令でも従うので何でもありがちな目で見られますが、それは一つの例で、Mが全てそうかというとそんなことはありません。
ようは虐げられることによって性的興奮を感じるかどうかなのだと思います。

主従関係を例にとると、支配されることは受け入れることであり、パートナーのどのような理不尽な命令も従わなければならないという被虐感により興奮し、それが達成できたことに更に喜びを感じます。
達成できない場合は躾と称してお仕置きがあり、そのお仕置きでも自分をおとしめて自己陶酔してしまいます。
屈辱を味わうにはやはり性的苦痛が一番なのでどんどんと究極を求めるようになってしまうのでしょう。
そのような屈辱を味わい、拘束され鞭に打たれ言葉で罵られることにより絶望を感じ心の全てを解放するということを望むことがあります。
それをどう操るかがサディストであり、調教であり、絶望の後の安らぎの与え方で信頼関係はより深まります。
ちょっと難しいですかね、かなり一方向に話が進んでしまいました(汗)
これもマゾの嗜好の一つということは理解してください。
いろいろなマゾがいるなかで、ここまでのマゾは数少ないでしょうけどね(汗)
精神的な奥底の部分なのでとても複雑でそれを伝えるのは難しいです。

一方キーは性的興奮の為のお仕置きは一切望んではないんですね。
甘えたい、構って欲しい、見ていて欲しい、褒めてもらいたい、導いて欲しいということが根底にありますが、
駄目なことは駄目としっかりと叱って欲しい、お説教されてお尻を叩かれていることで愛情を得ているんですよね。
自分自身の躾をして欲しいと願うのはそれは愛情がないと出来ない行為だから、それによって大事にされている、愛されていると実感したいというのが深層心理の中にあると思います。
結局お尻叩きの行為は痛いし嫌なのですが愛情を求めて満たされるにはその行為も必要となってくるのでお仕置きを求めてしまうのでしょう。

今の若い子はアニメやドラマ、小説などでお仕置きを目撃する事が多いと思いますが、全てに共通していることは親から子供、教師から生徒への深い愛情から来るお仕置きなわけなのでそれを見てその主人公は愛されているのだと感じてしまい、それが自分に向けられていく事が多いと感じます。
またアニメ以外でも小中学生のときに悪い子達は先生に構ってもらえ叱ってもらえ真剣に向き合ってもらえます。
それに対して羨ましいという憧れを持ちつつ成長して行き、幼少期に得ることのできなかった叱られることへの欲求が膨らみ叱られることを望む結果になるわけです。
だから性欲ではなく真剣に向き合ってもらいたいという甘えの部分であり、これは人間なら誰しも持つ承認欲求でもあるんです。

ただお仕置き時にお尻叩きされることにより性的興奮をするならばこれはマゾの部類になると思います。
性的快楽の為にお尻叩きを望み、その手段として悪いことをして説教されお仕置きをされるのであればそれはマゾです。
流れはスパのキーかもしれませんが求めている先が性欲の部分なので立派なマゾです。

性的快楽のために悪いことをするという設定からのスパンキングは、動機が既にSMであり、マゾヒストの考えであるからです。
Mとキーを区分けしているのはそこの部分が違うからだと思います。
ただ、そこらへんを曖昧になって履き違えているキーさんも結構多いので誤解されてしまうのでしょう。

私が感じるスパのキーさんは性的興奮を目的としていないんですね。
自分自身の戒めの為、自分自身を罰する為であり、優柔不断な自分を正しい道に導いてほしい、悪いことをしたらきちんと叱ってくれる人がほしい、それが目的であり、その罰が体罰でありお尻ペンなんですね。
口で言っても結局は繰り返してしまうので厳しくお尻叩きで罰し二度としないように躾けてほしい。
それが前提にあるのだと思います、そこに至るまでには幼少期の体験がかなり多く影響しています。
そこらへんのキーの資質については次回に書いていきたいと思います。
自分に自信がなかったり、存在を認めてほしかったり、構ってほしかったりと結局は甘えたいということが深層心理にあるんです。

よく相談があるのですが「私はキーなのかMなのか」と悩んでしまう原因があります。
説教してお尻叩きをしていると性的興奮をしているわけでもないのに”アソコ”が濡れてしまう子がいるんです。
キーにとってはそれは屈辱で見てもらいたくない部分なんですね。
カーはそういう場面に遭遇しても口に出さずに”見ない”優しさが必要です。

でもこの体の反応は性的興奮によってのものではなく、安らぎのホルモンの影響によるものです、これは性的興奮と同じ神経伝達物質であるためこのようなことが起きるのですが、刺激によって起こるものではなく、脳内の安定による安らぎから起こるものです。
「罪悪感を解放できた、不安定だった気持ちが安定していく、叱られたことで間違いに気づくことが出来た、そして愛されている」
これも快感なんですよね、性的快感とは違う、精神が安定するような快感。
それにプラスしてお尻を丸出しにされた羞恥心が錯覚となって体の反応に出てしまうこともあるんです。
そしてこの脳内の反応は無意識下なので、止めることが出来ません、よって"濡れる"という形になってしまうんですね。
「キーなのにどうして体が反応してしまうの?」と落ち込んでいる女性はもう悩む必要はありませんよ。
カーはそこで性的興奮として捉え、それを煽るような発言をしてはいけません。
カーとしては禁句なんですね、一気にお説教やお仕置きの陶酔感が冷めてしまいます。
それとお仕置きに慣れていなかったりまだ知り合って日が浅かったりするとかなりの羞恥心が出ます。
男性の前で服を脱ぐ行為は俗にエッチをするときくらいですから体が誤反応してしまうこともあります。
同じドキドキ感で似ているため脳のほうで勘違いしてしまうことがありますから、濡れてしまっても何の問題もないです。
まぁ確かに恥ずかしいのかもしれませんが、それも全て受け入れてくれる相手、こういうことを理解してくれる相手だとすべて身を任せられるのではないかと思います。
決して感じているわけでもなく、マゾというわけではないので安心してください^^

で、マゾとキーの徹底的な違いは性的快楽を求めているか求めていないかの部分だと結論付けたいと思います。
それに加え、叱られるのを求めているのか(こじつけではなく自然な理由で)いじめられるのを求めているのかの意識の違いでしょう。
その深層心理の部分では微妙なところもあると思いますが、考えかたとしては明らかに違いますよね。
なので、恋人同士の俗にラブスパと呼ばれている行為を好むのは”キー”ではなく”マゾ”であり、SM行為だと私は思っています。
恋人同士のエッチありきのスパはSMです。
ただ、お仕置きの後にエッチをしたらSMかというとそうではありません。
お仕置きをして反省をしてそれが全て終わって、仲直り的なエッチであればそれはSM行為ではないと思います。
特に女性はそこらへんを気にしますので男性カーさんは気をつけましょう、切り替えという事が一番大切です。

しかし根底にある精神的なものはキーもマゾも同じで、それは自己表現であり愛情を求める行為であると思っています、自分の居場所の一つであり、安らぎの場所であることには違いがありません。


最後になりましたが、
5回にわたり初心者向けに大雑把な方向性を書いてきましたが、自分の嗜好を再度見つめなおし、自分の性癖や求めているものを再認識してみてください。
これらの違いは明らかな違いですが、実際は些細な意識の違いなんです、だから自分の立ち居地がいまいちよく分からないんですよね。
結局5回とも同じようなことの繰り返しを説明してしまいましたが(汗)

このように極端に結論付けたのも、自分の求めているものを分かりやすく判断してもらう為だったんですね。
安らぎを求めて入り込んだ世界で傷つき不安定になる女性が多くいます、ほとんどがそうなのかもしれません。
まずは自分を守ることを覚えてください、そして安らぎの世界で傷つくことのないようにしっかりと自己防衛する術を身につけてください。
大変に難しいことですが、私が書いた記事からヒントを見つけ役立ててくれればと思います。

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京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定でありカウンセリング的な心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけており、お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含め、イメージ的にはカウンセリングのようなものです。
なので私はこじつけの理由ではなくリアルな理由でしかお説教やお仕置きはしません。
そしてお説教とお仕置きはセットでなければ意味はなく、更にお仕置き後のアフターケアがないと成立しません。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為、約束を破る行為」について特に厳しく接しています。

お仕置きでの関係性は親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
つまり相手とはある意味対等な立場であり、よって敬語を使わせないようにしますし、私が命令口調で話したりすることもありません。
また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので親子間での愛情のあるお仕置きとは全く別物と認識しています。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりきます。

ここに至るまで、過去私はSMという世界を体験しました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。
その違和感を簡単にいうと、性的なお仕置きや理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんプレイ的には面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の部分を満たすためにはスパの世界が心地よかったんですね。
スパの”カー”からSMの”S”に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人はそれぞれの心の闇を抱えているものです、その闇を全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいです。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まないものであり、同じお仕置きでも性的要素が少しでも含めばそれはSM的として解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

そのように思える人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対する概念は捨てて、客観的に自己を見つめることがとても大切なことだと思うんです。


こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感はしますが、同情はしないです。
悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。


自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、どちらにしても歳を取ったら卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^


念のため、キー、カー等のスパ用語が分からない方はこちらを参照ください(笑)
これがないと意味不明となる場合がありますからね(汗)初心者さんのためにも紹介しておきます^^;

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