ドミナントとサブミッシブ

ドミナントとサブミッシブという言葉が最近になってかなり広まるようになりましたね。
とはいってもこれは英語の言い方であって、日本語でいえば単なる主従関係です。

これまでは主従関係、ご主人様と奴隷、SMパートナーという表現の仕方が一般的だったのですが、元々そういう表現を嫌う人たちが一定数いたのも現状です。
それはガチガチのSMのイメージを感じさせる言葉でもあり、奴隷という表現に嫌悪感を感じる人もいたからということもあるでしょう。
そんな中、ドミナントとサブミッシブという言い回しが出てきたことで、自分を表現する言葉として違和感なく受け入れられ徐々に広まっていった感じでしょうか。

「私はMではなくサブミッシブだ」と公言する人も多いようですが、もちろんその通りでMは被虐を好む性癖であるために、被虐を好まないサブミッシブ(服従欲)も当然います。
まぁ「私は服従したいタイプ」「私は隷属者(従属者)嗜好」と表現するよりも「私はサブミッシブ」と言ったほうがおしゃれな感じに聞こえますよね。

そもそもドミナントとサブミッシブという言葉が日本で頻繁に使われるようになったのは、2015年に公開された「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」という映画からだと認識しています。
この映画は私の知人からの勧めで観たことがあるのですが、簡単にいうと支配欲でしか性欲を満たせない男性がノーマルの女性に惹かれ、その女性と主従契約を結んだのですが、性癖の違いでうまくいかずすったもんだがあるという感じの映画です(笑)

ドミナントというのは支配者嗜好
サブミッシブは被支配者嗜好=服従嗜好=隷属嗜好=従属嗜好です。
SMの関係であれば当然Sは加虐欲があり、Mは被虐欲があり、Sが罰を与えている時はM側は支配されてるという事になります。
つまりSがMを責めている時はドミナントとサブミッシブの関係といってもいいと思います(主従関係)

ただ加虐欲が無かったり、被虐欲がない場合はSでもMでもないので単なるドミナントとサブミッシブの関係になります。
SとMはもちろんですが、これがキーとカーであったりしても、管理監督という面から考えると場合によってはドミナントとサブミッシブのような関係ともいえるでしょう。

これらは支配欲と被支配欲を持っている者同士の関係ですが、日常にもあることです。
それは会社の上司と部下であったり、師弟関係、親子関係等で、そうした関係を構築せざるを得ない環境下で起こり得ます。

従わざるを得ないという意味ではまったく別ものではありますが、契約や約束事をして本人の意思とは関係なく縛り付け、約束事を破ったら何かしらの罰があるわけですから、これも主従的な関係でドミナントとサブミッシブの関係といえます。

勘違いしやすいのはドミナントとサブミッシブというのは支配したい人と支配されたい人という意味合いであり、本来そこにSMは関係ありません。
しかしそういう支配欲を満たす手段や罰としてSM的な行為をするので、SやMという嗜好ではないのにSMの関係として認識されてしまうことがあるんでしょう。

SとMの意味は加虐したい人と加虐されたい人
カーとキーの意味はお尻を叩きたい人と、お尻を叩かれたい人(叩く事が悪い事の罰かどうか人それぞれ)
ドミナントとサブミッシブの意味は支配したい人と支配されたい人

Mであり、サブミッシブの人もいます。
キーであり、サブミッシブの人もいます。
Mでありキーであり、サブミッシブでもある人もいます。
そしてMでもキーでもなく、サブミッシブだけの人もいます。

長々と書きましたが、ドミナントとサブミッシブという関係にSMや性的な事をこじつけないで単なる支配と従属と考えるとわかりやすいかと思います。
その中で自分がどういう嗜好を持っているか、それが一つなのか、複数持っているのかを見極めて、自分の嗜好を探っていけばいいと思います^^




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支配と管理

前記事の管理されること という記事の中で支配と管理は似ているようで違いますと書きましたが、今回はそういったお話をしたいと思います。

人間に対する支配と管理という意味は同じ部分もありますが、まったく異なる部分もあります。
それは親と子供を例に挙げてみると分かりやすいかもしれません。

親は子供を管理するものです。
健康や食事、生活習慣はもちろんのこと、社会性を身につけさえるために教育や躾をします。
それは将来しっかりと自立し、社会に通用する人間に育てるために必要なことで、そういったことも含めて管理監督をするわけです。

しかしそれが支配だとしたら話が違ってきます。
支配とは自分の思うとおりに相手を束縛することで、それは自分の理想を押し付けるような躾となります。
もちろん生まれたばかりや自我が芽生えるくらいまでは完全な支配が必要ですが、自我が芽生えてからの支配は単なる押し付けや強要になってしまう場合があります。

学歴や職業にこだわり、自分が成しえなかった夢や自分が経験して後悔したことを子供にさせないようにするために支配しがちなんでしょう。
それが子供の意思であれば何も問題ありませんが、無理矢理子供に強要するということが問題なわけです。

そういう親は子供のことを思うからこそ強要する場合もあれば、単に世間体だけを気にして子供に強要する人もいます。
しかし子供にとってはそれは自分の人生とはいえません。
親に怒られたくない、叩かれたくない、機嫌を損ねたくない、見捨てられたくない、嫌われたくない、、、
そういう恐怖心があると親のいうことを聞かざるを得なくなってしまう心理状態になってしまいがちです。
しかしそういった人生を振り返ってみると自分のしたいことができてなかった人生に無性に虚しさを感じるものです。

管理というのは子供が一般社会で通用するような社会性を身につけさせるために管理監督すること。
支配というのは親のエゴで子供が納得していないことまで強要してしまうこと。
納得してなくても社会性を身につけさせるためには支配も必要なので、支配と管理は同じ意味合いな部分もありますが、やはり明らかな違いはあるんですね。

親子関係を例にとりましたが、人間を支配する、管理するというのは似ているようで違うものです。
キーやカーの関係性でも管理したり、支配したりということがあります。
管理というと生活の管理となりそれは親と子供の例と同じですが、支配となると相手が従属するわけで、従属するのは本人の意思でもあるのでそこは親と子供の例とは違ってきます。

その関係に関してはここ数年前からは映画の影響もあり、支配と従属の関係を「ドミナント」と「サブミッシブ」と英語での言い回しが一般的になりつつあるようですね。
「私はMではなくサブミッシブ」と言う人が増えた気がします。

とうことで次回は支配者(ドミナント)と従属者(サブミッシブ)について分かりやすく書いてみようかと思います。



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過去のSMのお話し

前記事では支配や管理といったお話をしましたが、それに関連して、過去にしていた私のSMのお話をしてみたいと思います。

過去にSMの世界にいたことはブログにも書いたことがありますし、FC2ブログにはプロフィールとして、どうしてSMの世界からスパの世界に来たのかということも書いてありますので気になった方は目を通してみてください^^

私は最初はSMというジャンルしか知らずにSMの世界に足を踏み入れたのですが、スパの世界というものを知ったのはそのずっと後でした、まぁスパの世界を知っていたとしてもSMの方に入り込んでいたとは思いますけどね。

そして私のSMの嗜好は主従関係で、それは支配と服従というようなもので、その関係性においては相手が嫌がること全般を好んでしていました。
私の中の加虐とは、精神的に追い詰める事や、羞恥的な事、苦痛的な事なことが主なものでしたが、それは相手が嫌がることが前提であって、相手が喜ぶことは加虐にはならないので興味はありませんでしたね^^;

まぁ人間の本性や本質という部分にとても興味があって(今もそうですが)、嘘のない、全てを曝け出せる超越した関係というものを追求していましたね。
その中で一般常識の配慮はもちろん、女性としての品格や立ち振る舞いなどの躾をメインに、ダメなところがあったらSM的なお仕置きをしていました。

それと一つ、私の中のSMは他とは違う特徴がありました。
SMというと、一般的には当たり前のようにセックスがありますよね、でも私の場合はSMとセックスは別物と捉えているので、SM行為にセックスは全く必要としていません。
それは私の中のSMの概念は、支配行為や加虐行為であり、セックスではないからです。

性欲処理を主従関係である相手に頼んだことはありませんし、逆に相手がセックスしてほしいと頼んできても拒んでいました。
それを拒むのがまた加虐につながるので、それはそれで相手の必死な様子を見て楽しんでいましたね^^;

なので私のSMは、仮に相手が全裸になっても私が服を脱ぐことはしません。
それは性的なことが目的ではないので服を脱ぐ必要は無いし、真面目に躾をするのに性的な事をしていては立場的にもおかしなことですからね(笑)

これは今のスパの躾の感覚と非常によく似ていますね、違うところは主観が入って自分好みの女性にしようとしていたことと、SM的なお仕置きをしていたことくらいです。
こういう感じだからキーさんの要望があればSM的なお仕置きもできるんですね、そこに性的な事が無いからそれを躾としての罰としても応用できるんです。

念を押しておきますが、SM的なお仕置きをするのは要望があればですからね、要望が無ければしません。
あくまでSM的なお仕置きは”サービス”としてしてあげるということですから、要望が無いのにわざわざすることはありませんので^^;

話を続けます。
一般的な認識では、SMは加虐行為や被虐行為などのプレイがあり、最終的には性的な事を楽しむとされていますし、実際パートナーとはセフレのような関係ですよね。
しかし私はそうではなく、セックスは目的ではないし、相手が喜ぶのであれば性的な事もしたくなくなります。
なぜかというと、それは奉仕だからです。私がしたいことは懲らしめたり、いじめたり、追い詰めたりということですからね^^;

ただ、SMのパートナーとなってしまうと相手は当たり前のように性的な事を要求してきます。
それはSMは性的快楽であるセックスやそれに類似する行為で性欲を満たすという固定観念が無意識に浸透しているからです。
だからこそそれがないと、愛されてないとか寂しいとか、そういう方向にいってしまい、お互いの距離が縮まれば縮まるほどにどんどん病んでいき、結果傷ついて離れていくという結果になりかねません。

最初からセックスありきではないということを伝えても、やはり心の奥底では「SM=性的な事」という固定観念にとらわれているので、「私を必要としてくれいていない、愛してくれていない、寂しい」と思考がずれていき、病んでいってしまいがちです。

そうなっていくとそれはマイナスの関係です。
それまではプラスに働いて、人間的にも隷属者としてもどんどん成長していたのが、それを機にマイナスに転じ、結果余計に傷ついてしまう。
これは相手にとってはとても辛いことで、そんなに傷つくなら出会わなかったほうが良かったかもしれないと思ってしまいます。
そしてこういう病みは私にとっても凄く辛いことです。

SMの関係って性的な事が絡むという概念がある以上とても難しいですよね、なので私のやりたいことはSMでは実現不能だなって感じたわけです。
私が相手に伝えている事は最初から一環として変わらないんだからそれでいい、とは思えませんでした。

ま、そういうことに嫌気がさしたので、性的快楽を求めていない人が多いスパの世界に行き、それがぴったりときたんですね。
私の過去のSMは、若気の至り的な俺様的な部分もありましたが、今は更に上を行く、いってみれば大人に成長したような感覚かもしれません^^;



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SM的なお仕置き 続き

前記事の続きです。
性的な事がない精神的なSMのお仕置きの雰囲気は簡単に作れるというところまでお話ししました。

家庭的なお仕置きだとしても、人によってはケインを使うとSM的な感じがする、ケインは平気でも鞭を使うとSM的な感じがする、ベルトは家庭にあるものだから家庭的なお仕置きとして平気な人もいれば、ベルトを使うとSM的に感じる人はいます。

そのように感じている人にNGな道具を使用してしまうと、そのキーさんにとってはSMのお仕置きになってしまうんですね。
だから私は依頼時やカウンセリング時に、NGや心理面を確かめてSM的なお仕置きにならないように心がけているんです。

つまり、それだけでもSMの雰囲気を作れるわけですから、SM的なお仕置きの雰囲気へ持っていくのはまぁ簡単なことですね。
ケインや鞭やベルトといった道具に関しては人によって感じ方は違いますが、もう少し踏み込んだ雰囲気づくりをすれば、虐待的、屈辱的な雰囲気は演出できます。


例えば頭や体を軽く踏みつけながら叩くだけでも家庭的なお仕置きからSM的なお仕置きになります。
髪の毛を軽くつかんで叩くのも家庭的ではないですよね、SM的なお仕置きです。

体を縛って叩くのもそうですし、手を上に吊るしてみたり、大の字にはりつけのようにしてみたりしてもSM的な雰囲気になります。
また、タオルで口を封じたりしながら叩いたりもSM的だし、背中を鞭で叩いたりしても虐待的で屈辱的な雰囲気は味わえるでしょう。
全身拘束して身動きが取れないようにしていたぶるような感じでもいいでしょうね。

その付属品として、結束バンドや手錠で拘束したり、鎖を巻き付けたりでも演出できます。
更には恐怖心をあおるような道具をちらつかせるというのも視覚的に効果的です。

ちょっと怖い感じになってしまっていますが、これはただの雰囲気づくりなので叩くのも軽めで十分ですし、踏みつけたり髪の毛を引っ張ったりするのも軽めで十分です。
プレイ的にはなりますが、雰囲気を味わうという趣旨でのものなので、ハードである必要はありません。

叩くのはお尻を出すだけでも十分ですし、このような感じで演出すれば、性的な事が介在しないSM的なお仕置きになります。
拷問、折檻的でもあり、恐怖、屈辱、被虐感を感じることもできるでしょう。

道具に関しては私の場合、過去の経験から安全性は熟知しているのでそこに配慮しながらできますが、あまり知識のない人がすると指先にしびれが残ったりという事故もあるので要注意です、安全性の確保が一番の大切なポイントですからね。

このようなことにちょっと興味のある人や一度経験してみたいという人は、雰囲気だけでも演出することはできますからその場合は自分の口から言ってください^^
あくまで何も言わなければ私は家庭的なお仕置きしかしませんからね、要望がない限りSM的なお仕置きはしませんのでそこは誤解のないようにお願いします^^;




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SM的なお仕置き

キーさんは家庭的なお仕置きを好む人が多いですが、中にはSM的なお仕置きを好む人もいます。
また、家庭的なお仕置きを求めている人の中でも、その時の心境や欲求によってはSM的なお仕置きを体験してみたいと思う人もいます。

それを純粋なキーさんかどうかという話になると難しいですが、Mでなくても時には自分を追い詰めたいと思うこともあるでしょうし、自暴自棄になることもあるでしょう。
それでもだいたいはキーとMの両方を持ち合わせているか、単に痛みや恐怖を求めているM要素のある人なんだと思います。

SM的なお仕置きといってもどういうことを指すかとなるとなかなか難しいところですが、私の中で区分けしているのは、家庭的なお仕置きはスタンダードな親から子へという感じのお尻ペンペンのお仕置きで、SM的なお仕置きは虐待的であり、それは精神的に虐待や屈辱に感じるようなお仕置きということです。

もちろん人によってはケインを使用しただけでSM的(虐待的)と感じる人もいますし、特に鞭やベルトはSM的に感じるからNGというキーさんは存在しているので、人によってはそういった道具を使用しただけでSM的なお仕置きとなるんですね。

一般的にSM的な事は性的な事と解釈されるようですが、性的な事を目的としないSMは存在していて、過去に私がSMの世界にいたころは、性的ではない精神的なSMを好む方でした。
SMだからといって裸にする必要性もなく、服を着たままでも虐待的や屈辱的に責められればお互いに満足なわけです。

今のSMの殆どは、裸にしての快楽責めとか羞恥責めがメインになっているので、SMはそういうものだと誤認識してしまう人は多いと思いますが、そうではない精神的な部分だけのSMもあるんですね。
性的なことを望まない精神的なSMに興味のある人にこういった話をすると、願望はあっても言い出しづらかったとか、そういうSMもあることにびっくりする人は多いです。
ただ、性的でないSMをしてくれる相手を探すことがかなり難しいことでもあります、それは男性は性的な事を目的としている人が多いからです。

性的な事を完全に抜きにして、神妙な雰囲気で罰されたい、ボロボロされてみたい、苦しい思いをしてみたい、精神的に追い詰められたいという願望を持っていてもSMとなると性的な事がセットなので踏み込めないでいる人は多いようです。

私の場合のお仕置きはブログやサイトで書いてある通り、スタンダードで親から子への家庭的なお仕置きがコンセプトですが、要望があればSM的な雰囲気は簡単に作れます。
なので、そういう願望がある人にはSM的な雰囲気を作ってお仕置きをしたりしますが、どのように作るかというお話しは長くなりそうなのでまた次回に持ち越します^^;

ま、あくまで私のお仕置きは家庭的なお仕置きで、要望がないのに虐待的なお仕置きはしていませんから誤解のないようにしてくださいね^^;
要望があったら雰囲気は簡単に作れるっていう事なので。
といっても本格的なSMからしたらお遊び程度の雰囲気ですけどね^^;



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プロフィール

京介(きょうすけ)

Author:京介(きょうすけ)
初めまして、京介(きょうすけ)といいます。

スパといわれている世界ではいわゆるディシプリン派の”カー”という存在らしいです。
そしてお説教やお仕置きは私の日常です。
私の普段の言動や行動がスパでいう”カー”というものに似ているだけなので、スパという”作られた世界”の住人である意識は全くないんです。
それくらい日常的にお説教やお仕置きをしているってことです(笑)

お説教や相手との対話については私の中では”心の安定”でありカウンセリング的な”心のケア”と認識しており、お仕置きの中で一番重要視していることです。
相手の理由や言い分をしっかりと聞いた上で、客観的に「何故直さなければならないか」という説明をし、納得をさせる事がお説教と位置づけております。
お仕置き後のアフターフォローとしての対話を含めて全体的にはカウンセリングのようなものです。

また、私は基本的に反省理由をこじつけてのお仕置きはしません。
お仕置きはお説教とお尻ペンペンが必ずセットで存在し、更にお仕置き後のアフターケアをしてお仕置きが成立します。
私の場合のお仕置き基準は「他人を不快にする行為と自己の自制や罪悪感」です。

お仕置きでの関係性は温かい愛情のある親と子供的なものです、それをコンセプトに全てが成り立っています。
なので私が命令口調で話したり、感情的に怒鳴ったり汚い言葉遣いを使ったりすることはありません。

また、教師と生徒的のような上下関係の立場から物事を矯正するということも好みません。
このような上下関係のあるお仕置きは恐怖心により支配しているものでもあり、自尊心を傷つける場合もあるので私の趣旨とは違います。
こういう考えなので親子的でもあり友人的な立場という立ち位置が一番しっくりとくるかもしれません。

ここに至るまで、過去私はSMという世界にいました、SMの世界といったら大げさなのですが、精神的な心の部分を追求するために足を踏み入れました。
”人間の心や本質”を追求したくて入り込んだのですが、私の求めているものへの違和感がずっとあり、その違和感を解消しようと模索した結果、スパといわれている世界にたどり着いたのです。

その違和感を簡単にいうと、双方とも性的なことを求めていたり、調教という名の理不尽なお仕置きがまかり通っているということです。
もちろんそれはそれで性的な面ではSとして面白みはあるので、性欲のはけ口としてはいいのかもしれませんが、性欲以外の精神的な部分を満たすためにはスパの世界がしっくりときたんですね。

スパの世界からSMの世界に移行する人ってたくさんいますが、私はその逆バージョンみたいな感じなんですね(笑)
ま、私は根本的にSですけど、そのSの嗜好がカーとかぶったという感じです。

SMの精神的な部分の究極を追求した結果、スパといわれている世界にたどり着いたので、過去の体験があるからこそ今の自分がいるんだと思っています。

このブログを書き始めることになったきっかけですが、それはお仕置きに興味がある若い女性が結構いる事を知ったからです。
真面目に悩んで苦しんでいる人達を私の言葉により一人でも救ってあげれたらなという気持ちで書いていこうと思いました。

こういう世界に入り込んでしまう人は、幼少期に目撃してしまったお仕置きシーンがいつの間にか脳裏に焼き付いていけないと思っても頭から離れなくなっているケースや、親子関係の確執や人間関係での苦難があったりと、何かしら心の闇や人に言えない秘密を抱えていたりします。

悩みや闇を抱えている人は、それを全て吐き出すことは難しいですが、このブログを通じて自分の居場所を見つけ、少しでも心の安らぎを感じて欲しいと思っています。
そういった精神的な部分を私は一番大切にしています。

これだけは理解した上で私のブログをお読みください。
私のしているお仕置きとSM的なことは独自の価値観ではっきりと区分けしてあります。
ここでのお仕置きとは性的要素を一切含まない、親が子供にするような愛情のあるお仕置きであり、同じお仕置きでも性的要素がを含めばそれはSMとして解釈しています。
独自の価値観で表現していますのでそこはご了承の上お読みください。

人それぞれ求めているものは違います、そして最初の入り口は頭の中のモヤモヤ感や欲求、焦燥感等を解消することからです。
大事な事は、それらを解消する事によって新しい何かが生まれるかもしれないということです。
そして新しい何かを見つけなければ、そこからは何も生まれません。

お仕置きに憧れを持つことは、叱られる愛情や甘える事を求めているからともいえます。
ドキドキしたりするのは、自分の求めていた愛情が受けられる、甘えられるという妄想で、それが無意識に反応してしまうだけです。
全ては無意識で起こる深層心理下での心の動きなんですね。

みなさん揃ってそういう思いはいけないと頭から消そうとしますが、脳裏に焼き付いてしまったキー気質は消し去ることはできません、どうにもならない欲求をなんとかしたいなら、経験して欲求を薄めることに限ります、勇気をもって経験することで欲求は薄まり、お仕置きのことばかり考えてしまう日常生活も回るようになるものです。
欲求を解消する方法は欲求を満たすしかありません。

ディシプリン派で、親から子への家庭的なお仕置きに憧れてしまう人は決して叩かれたいだけではないはずです。
なのでスパに対してSMのようないかがわしい概念は捨てて、客観的に自己を見つめる為に必要なある意味健全な事と解釈していいんです。
他人には言えなくても、ここはみなさんが本当の自分を出せる解放の場で、人生において成長の場と捉えれば自分の為にもなるはずです。

こんな感じの私ですが、様々な人達を見てきていますのでどんな内容でも私が引いてしまうことはありません。
みなさんそこが心配なようですが、世の中の裏も表も悪い人もいい人もいろいろと見てきましたし、そもそも人間は弱い生き物なので、人をだましてしまったり殺めてしまったとしてもそれを聞いてドン引きするようなことはありません。

また、私は概念や雑念に捉われません、客観的に受け止めますので共感は強くしますが、同情のようなことはすることはありません。
なので悩みや相談がありましたら気軽にどうぞ、どのような立場の方でも個人情報を漏らすことは決してありませんので安心してください。

自分の満たされない思い、満たされたい思いをお仕置きを通じて体験してみましょう。
体験は若ければ若いほどいいです、歳を重ねると欲求を薄めていくことは難しくなり、どちらにしても卒業しなければならない必要性が出てきます、いつまでもパートナーがいるわけではありませんからそうなると心が苦しくなるだけですからね。
若いうちに体験しておくと卒業もしやすいですからそういう意味でも急ぎましょう^^

お仕置き欲求をなんとかするにはお仕置きを経験することです。
欲求が消えることはありませんが、薄めることは可能です、ネットでの出会いですが、約束事はしっかりと守っていますので、勇気をもって連絡してみてください^^

京介

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